第612回 「人魚姫」
「少林サッカー」「カンフーハッスル」の大ヒット作を連発したチャウ・シンチー監督が「西遊記~はじまりのはじまり~」の次に放つ話題作だ。
シンチー作品とくれば、これでもかとギャグをマジメに、ゆるーく繰り返し、涙と笑いを誘いつつ、作品全体は奇想天外な作りというのが基本パターンである。今回もそれを踏襲し、「ありえねー」と叫びたいファンの期待を裏切らない。
青年実業家のリウ(ダン・チャオ)は香港のリゾート開発のため、自然保護区域を買収し、埋め立て許可を取り付ける。同じ先祖から枝分かれした人間と人魚族だったが、人間による環境破壊で絶滅寸前に追い込まれた人魚族は、平穏な日常を取り戻すため、美しいシャンシャン(リン・ユン)を人間に化けさせ、リウ暗殺を試みる。しかし心優しいシャンシャンは暗殺に成功するどころか、逆にリウと惹かれ合う仲となり、募る思いとは裏腹に種の存亡をかけた総力戦に巻き込まれていく。
環境破壊を続ける人間たちと自然を守ろうとする人魚族との戦いというと、どうしても人魚族の方を肩入れする人の方が多くなりそうだが、人魚族が追い込まれてモリを撃ち込まれたり、こん棒やナタを振り下ろされて海を赤い血で染めるシーンには、日本のイルカ漁を連想してしまう人もいるだろう。ギャグに笑い、リウとシャンシャンのロマンスに胸焦がすだけでなく、結構シリアスな場面も多いのである。
とはいえ、ヒロインのシャンシャンが初めて登場するシーンは、不細工も極まれりというほどにハチャメチャなメイクで、一目見れば避けて通りたくなること請け合いだ。ところが不思議なことに、物語の進行と共に彼女はキュートで素敵になっていく。このシンチー流の演出では誰でも彼女を好きになり、応援したくなる。さすがである。
このヒロインを演じたリン・ユンをはじめ、リウ役のダン・チャオ、さらに人魚族のリーダーでタコ兄ことショウ・ルオ、さらにシャンシャンに嫉妬する女性投資家ルオランを演じたキティ・チャンに至るまで、味のある好演が印象的。俳優出身の監督ゆえの適切な演技指導がなされたに違いない。
監督のうまさは、真の悪党は描かないという姿勢にあるのでないか。成金の品性下劣な実業家が、自分とは最も対照的な無邪気で可憐な女性に心を奪われるという意外性。あるいは嫉妬のあまり邪悪な心をむき出しにするルオランには魅力的なボディーを惜しみなく披露させる。綺麗なだけに、憎悪に燃える顔は妖しいほどに怖さを増すといえるだろう。
一方、純真な善人にはブサイク顏をさせるか、または裏切りや迷いなど心の弱さを出させて観客を安堵させる。バランスをとるというか、人間みんな同じ、差がつくとすれば、どれだけ相手の心を理解し、歩み寄ることができるかという彼の人間観を表しているのかもしれない。
馬鹿馬鹿しさに笑い、思わぬ展開に汗握るだけではなく、人間の本心をきっちり描きこまないといけないという彼一流の矜持が伺える。ただその人間模様が多少類型化しているきらいはある。だからダメとは言わず、ここはシンチーの娯楽作品として多いに楽しむに限る。
「人魚姫」は1月7日よりシネマート新宿ほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「人魚姫」の公式ページ
http://www.ningyohime-movie.com/
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