第613回「16年私のアジア映画ベストワン」(1)

「シェッド・スキン・パパ」=10位
「銀幕閑話」恒例の新春企画「私のアジア映画ベストワン」を2回に分けて発表します。前回は初めて1位作品からご紹介しましたが、今回は元に戻って10位からの発表です。その栄誉を担う第10位は……東京国際映画祭でチケットの入手が困難を極めた「シェッド・スキン・パパ」です。
「もとが舞台劇とは思えない奇想天外な設定のインパクトに驚きました」と話すのはブログ「こ~んなまいにち」のgraceさんだ。「撃ちも撃たれも&殺しも殺されもしない呉鎮宇と古天樂という貴重な組み合わせ。最初は、親子役?と戸惑いますが2人の演技に笑わされたり泣かされたり。とても心に響く演技をされていて、思い出すたびに、ふと涙することがあります。突拍子も無いSF設定を借りながらも、父親と息子の軋轢や葛藤、そして親子愛…というところで、大好きな『月夜の願い』を思い出しました。世界的に今、老いをテーマに描く映画が増えている気がしますが『桃さんのしあわせ』につづく感動作として一般公開されればいいなと期待します。『小さな園の大きな奇跡』もそうでしたが、香港映画は、アクションやノワール、ラブコメもいいけれど、家族愛をテーマにした優しい映画だってまだまだ作られている、と安心した一作でした。その意味では飛行機で拝見した『幸運我是』もとても良かったでので日本で見られることを期待します。大阪アジアン映画祭さん、各地の映画祭さん、是非お願いします!」

「弁護人」=9位
9位は韓国映画「弁護人」。映画評論家の中川洋吉さんが強く推しています。モデルは亡くなったノ・ムヒョン元韓国大統領と言われますが、このような作品を今の日本は作れるのでしょうか。
続いて8位は吉井さんらが挙げる台湾映画「太陽の子」が入りました。彼の弁を伺いましょう。「いわゆる少数者が自己を表象していくのは、簡単に見えてなかなか難しいことだと思うのですが、この映画ではそれがバランス良く作られていて、みずみずしい映像や印象的な出演者が作品を上手く支え、観ていて嫌みのない素敵な映画だなと思いました。私は中国の原住民(先住民)について何か語れるほど知識もないし、そうした立場でもないわけですが、ここ数年中国四川省の彝(イ)族の取材をしていて、少数民族としての自分たちをどう位置づけ表現していくのかというような問題にも触れてきたので、『太陽の子』はそのあたり上手いなという印象も受けましたし、考えさせられもしました」

「太陽の子」に出演した女性にインタビュー=8位
そして7位は是枝裕和監督の「海よりもまだ深く」です。文筆家の宋莉淑(ソン・リスク)さんは「台風の夜に、偶然ひとつ屋根の下に集まった元家族が複雑な思いを抱えながら一夜を過ごすヒューマンドラマ。これまでに上映された是枝作品の中でも、脚本、演出、展開、映像、音楽、役者の演技とバランス良く、高質な作品に仕上がっていた。様々な視点から映画の魅力を浮かび上がらせ、監督のセンスを感じさせた作品」と熱く語ります。
さらに6位は、まつもとようこさんらが挙げる「あなた、その川を渡らないで」がランクイン。「歳をとっても美しい韓服でおしゃれをして一緒に出かけたり、ふざけあって笑いころげる子どものような仲良しのおじいさんとおばあさんの表情が心に残っています。だから、おじいさんが亡くなったときの、残されたおばあさんの悲しみにくれる姿に胸を打たれました。ドキュメンタリーだと聞いて、あのおばあさんは立ち直れたのかしらと心配しています」と松本さんは気遣います。

「海よりもまだ深く」=7位
ここでランキング紹介を一旦離れ、ベストテンには入らなかった作品を推奨者のこだわりの弁と共にご紹介します。
昨年は「激戦 ハート・オブ・ファイト」を選んだLucaさんが今回挙げたのは、東京国際映画祭で上映された香港・中国合作の「メコン大作戦」です。「最初から最後まで圧倒と怒濤のアクションてんこ盛り、時間を忘れさせ夢中になって観た最高の映画でした! 加えて、中国政府の規制や内容へのお約束があっても、ここまで面白く作れるんだと教えてくれた作品でもあります」
続いて、えどがわわたるさんは、バンコクのシネコンで見たというインド映画「バージラオ・マスターニ」を選びました。「ゲリラ戦の実践者と語られている1700年代のインド・マラータ王国の宰相バージラーオ・バッラールを題材にした作品。何といっても、マサラ・ムービーの醍醐味といえるダンス・シーンの素晴らしさ、そして、衣装の豪華さは、まさに大きな銀幕で見るべき作品。第二夫人となるマスターニ役のディーピカー・パードゥコーンの美しさ、正妻役のプリヤンカ・チョープラーの存在感も見所な作品でした」と2年連続でインド映画を選択。

「あなた、その川を渡らないで」=6位
せんきちさんが挙げたのもIFFJ2016で上映されたインド映画「ボンベイ・ベルベット」。「本国インドでは評価が芳しくなく、興行成績も不振で、 いわゆる“ずっこけ超大作”になってしまった感のある本作ですが、どうしてどうして、登場人物の感情が 幾重にも複雑に絡み合う、男同士の愛憎映画でした。 なにより、カラン・ジョーハルにあの役を与えたのが すごすぎます。 いつか本国でも再評価される日が来ることを願いつつ、この作品を私のベストワンとしたいと思います」とインド映画愛を語ります。
一方、インド暮らしが長くなったxiaogangさんはタミル映画「Visaranai」(尋問)を推す。「実話に基づく警察の横暴や腐敗が描かれていて、社会派的な視点から語られがちな映画ですが、政治と癒着した警官たちの駆け引きが東映実録映画のようにおもしろく、室内や夜のシーンの映像もすばらしく印象的。派手な人気スターは出ていませんが、南インドの渋いオジサマの魅力も堪能できます。日本でも映画祭などで上映されて然るべき作品ですが、Netflixで日本語字幕つきで観ることができます」
いち早く現地に行くか、映画祭まで待つべきか、それともスマホやタブレットで動画配信サービスを楽しむか。映画を取り巻く環境の変化には驚かされます。
ここで第1部が終了。“インターミッション”をはさみ、インド映画が上位に入るかどうかなど、注目のベスト5は「16年私のアジア映画ベストワン」の第2部(銀幕閑話 第614回)をご覧ください【紀平重成】