第619回 「大阪アジアン映画祭」

「ミセスK」
行ってきました。大阪アジアン映画祭。3月3日のオープニング作品「ミセスK」から始まり、5日の「一日だけの恋人」まで鑑賞した6本の中から、強く印象に残った作品4本をご紹介します。
★「ミセスK」(マレーシア・香港)
オープニング作品にふさわしい、監督や俳優の意気込みが迫ってくる快作だ。今は裕福な産婦人科医の妻の元の素性はなんと強盗団の首領。仲間割れの騒ぎで誘拐された愛娘を救うため、忌まわしい過去と向き合うことに。
とにかく見ていて「痛い」のだ。主演のカラ・ワイ(ベティ・ウェイ)はもちろん、ホー・ユーハン監督まで「もうアクションはおしまい」と舞台挨拶で本音を吐露するほどハードな仕上がりになっている。撮影時に50歳代半ばという彼女が走りに走り、全身を使っての激しいバトル。ロープでぐるぐる巻きに縛られ宙吊りの状態から2メートルほど下の床まで落とされるというシーンを何度も強いられるアクションは見ていて辛く頭が下がった。さすが女優魂です。
若かりし頃のカンフースターとしての才能をほうふつとさせるオーラを発散させ、今でも現役で通じる冴えを見せていたが、興味深かったのはオープニングセレモニーやQ&Aでのスピーチだった。認知症の母を介護した体験や、映画祭直前に香港電影監督会で受賞した新作「Happiness(幸運是我)」にも言及し、「私は認知症患者の役を演じました。患者の皆さんは世界から無視されている状況ですが、そういう方を助けたい」と力強く語った。カンフーアクションのヒロインから、認知症という人間のあり方を根源まで考えさせるテーマへと鮮やかなる「転身」もまた毅然として彼女らしいと思った。彼女のラスト?となるアクションをどうぞお見逃しなく!
★「わたしは潘金蓮じゃない」(中国)

「わたしは潘金蓮じゃない」
巨匠フォン・シャオガン監督の作品と聞いて、期待を胸にして見始めた。しかし、スクリーン中央の丸い窓のような円内しか映像が映らないという見せ方に戸惑い、やがて諦めに。とにかく監督はこうしたかったんだと察した。とはいえ、この円内に映る人は顔が小さすぎて、主演のファン・ビンビンですら美しい顔がよく見えない。これでは彼女のファンからは「金を返せ」と苦情が寄せられても仕方がない。過去の話は円内で、現在の描写はもう少し大きな四角の中で、と分かりやすく見せたと言うのなら、正直のところ成功しているとは言い難い。
視覚的には失敗作の範ちゅうに入れてしまいたいところだが、扱っている題材は興味深い。チャン・イーモウ監督の「秋菊の物語」と重なり、裁判所や役所の対応に不満を持った女性が村から町、町から市へと苦情の申し立て先を上級組織に上げていき、その度に相手の対応に怒り、かえって怒りを募らせていく。まさに官僚主義と無責任の横行する一党独裁の共産党政権の矛盾を突きつけるテーマだ。どんでん返しもあってさすがフォン・シャオガンの作品と納得させてくれるし、役人の保身に走る無責任体制を皮肉とユーモアで揶揄する内容は、庶民の不満のガス抜きにもなっていることだろう。その手法は当たったようだ。
★「一日だけの恋人」(タイ)

「一日だけの恋人」
「映画を作る本人が興奮するような作品を作りたい」とかつて筆者に話し(「銀幕閑話 第516回 『愛しのゴースト』バンジョン・ピサンタナクーン監督に聞く」)、実際に「アンニョン!君の名は」や「愛しのゴースト」など大ヒット作を連発して「興行記録男」の異名もある同監督の作品。笑いどころタップリで、時にしんみりとさせ、極上のラブコメに仕上がっている。
主人公は企業のIT部門に勤める30代のオタク男。存在感は薄いのに、美人で評判のヌイだけは彼の名前を呼んでくれ、一瞬のうちに恋に落ちる。しかし彼女は社長からも目をかけられる高嶺の花。社員旅行で冬の北海道に出かけた際に「一日だけ彼女の恋人になれたら」と願掛けをするが……。
2013年にタイ人の日本入国ビザが緩和され、タイでは日本旅行ブームに。日本でもタイのドラマ・映画のロケ誘致合戦が始まり、官民ともにこの撮影をバックアップした北海道がチャンスをものにして、この作品に結実した。
記憶喪失といった韓流ドラマのアイテムや涙腺刺激要素を巧みに織り込むだけでなく、ガチャポンのような日本ならではのポップカルチャーも生かす脚本のひねりが効いている。主演で共同脚本も手掛けたチャンタウィット・タナセーウィーは、監督とは「アンニョン!君の名は」以来のコンビ。また主演女優のニター・ジラヤンユンが美人の上に表情がチャーミングで、それを見るだけでも価値がある。
★「パティンテロ」(フィリピン)

「パティンテロ」
プログラミングディレクターの暉峻創三さんが本コラム恒例の「16年私のアジア映画ベストワン」に挙げた作品。フィリピンの子供たちは路上に描かれた白線の中で攻守二手に分かれて陣を組み、守備側は両手を広げて障害物となり、攻撃側はタッチされないように潜り抜けることで得点を競う「パティンテロ」と呼ばれるゲームに親しんできた。映画はこの遊びに夢中になっている10歳の少女、メンが「負け犬」呼ばれながらも、パティンテロの大会で優勝し汚名を返上しようと闘志を燃やす物語。
ユニークなのは、勝負を決める決定的な場面に劇画風のアニメを挿入させ、その手作り感覚がかえって破壊力を増すという効果をあげていることだ。香港の「少林サッカー」や日本の「ピンポン」にインスパイアされたというミーク・ヴェルガラ監督は、その一方で、出演した子供たちへの演技指導も丁寧に行い、子供たちの友情と成長を表情豊かに描くことに成功したといえるだろう。
ヴェルガラ監督には映画祭の合間にインタビューする機会があったので、近く本コラムでご紹介します。どうぞお楽しみに。また映画祭の後半では7本見て、2人の監督にインタビューする予定です。どんなお話が聞き出せるか、こちらも楽しみにしています。
「大阪アジアン映画祭」は3月12日までABCホールほかで開催【紀平重成】
【関連リンク】
「大阪アジアン映画祭」の公式ページ
http://www.oaff.jp/2017/ja/index.html
「銀幕閑話 第614回 16年私のアジア映画ベストワン(2)
http://d.hatena.ne.jp/ginmaku-kanwa/20170115/1484540840
「銀幕閑話 第516回 『愛しのゴースト』バンジョン・ピサンタナクーン監督に聞く」
http://d.hatena.ne.jp/ginmaku-kanwa/20141017/1413513613
いつも拝見してます。私は大阪アジアン映画祭には行けなかったのですが、今回のレビュー参考にしたいと思います^ ^