第620回 「突然20歳 タイの怪しい彼女」のアーラヤ・スリハーン監督に聞く

「突然20歳 タイの怪しい彼女」のアーラヤ・スリハーン監督(右)とプロデューサーのチェ・ヨヌさん(2017年3月12日、筆者写す)
もうお馴染みの韓国版「怪しい彼女」をリメイクしたタイ版。日本初上映となった大阪アジアン映画祭では上映後に行われたQ&Aで司会者が観客席に向かって、「どこの国の版でもいいので、今までご覧になった方はいらっしゃいますか」と質問。予想通り、ほぼ全員が手を挙げた。さらに見た本数が3本から4本と次第に増えても手を挙げる人は途切れることがなく、「すごいな。(オリジナルの韓国版を含めリメイク全部の計6本を)完全制覇の方は?」という問いにも手を挙げたままの人がいて、司会者は「人気のすごさが分かりますね」と日本でも同作品への関心が高いことを監督やプロデューサーに伝えていた。
ストーリーはご存知の方も多いだろうが、簡単にご紹介すると。
パーンおばあちゃんは口うるさい74歳。特に被害の多い息子の妻をはじめ同居する家族はおばあちゃんを老人ホームに入れようとしていた。悲しくなったおばあちゃんは家出をし、偶然見かけた写真館で遺影のつもりで写真を撮ると、20歳に若返っていた。夫不在で生きることだけで必死だった人生を楽しみたいと思った20歳のおばあちゃん(ダビカ・ホーン)は自分の孫のバンドにボーカルとして参加。彼女の歌声に魅了されたTV局プロデューサーはバンドを売り出そうと近づいたが……。
監督とプロデューサーの2人には同じ日の午後、インタビューした。Q&Aとダブらないよう、いきなり変化球気味の質問から始めた。
--監督が一番気に入っているシーンはどこですか?

ダビカ・ホーンが演じる20歳に若返ったおばあちゃんが初々しい(大阪アジアン映画祭提供=以下同じ)
(アーラヤ・スリハーン監督)「病院で大学教授の息子が(目の前の若い女性が母親だという)真実を知って、『お母さんは無理して家族のところに戻ってこないで、好きな人生を送っていいよ』と言うシーンです」
--そこは私もすごく感動したところです。
「撮影中もどうやってこのフィーリングが出せるかと苦労したところです」
--その筋書きは分かっているのに、やっぱり感動するんですね。
「そうなんですよ」
--Q&Aの時でも、オリジナルと変わったところについて監督は「他の人のために、家族のために生きるというタイ人の価値観を付け加えた」と話していましたが、私はプロデューサーとの恋が他のバージョンより強かったように思いました。
「プロデューサーとの恋も観客は若い女性がおばあちゃんと知っているので、ロマンチック過ぎないようにしました。ある程度の距離があり、でも可愛らしい恋をしている感じになったと思います」
--父親不在の理由が韓国バージョンではベトナム出兵だったと思います。タイ版ではそのあたりがあいまいでした。何か理由はあったのでしょうか?
「タイ版でも、戦争に行って手紙は来たけれど、帰ってくることができなかったとありましたね。明確にどの戦争とは言ってないけど、第ニ次世界大戦中にどこかの国の援軍で行っていると、そこはあえてぼかしました」

おばあちゃんが恋心を抱くテレビ局のプロデューサー
--各国のバージョンが次々にできて、後になればなるほどいいところは取り入れ、悪いところは改めてと。そうすると現時点ではタイバージョンが一番いいということになりますね。
「もちろん、自分としては精一杯頑張りました」
--なので私もしっかり泣いたわけですけれども(笑)。製作中にこれで行けるなと手応えを感じたのはどんな時でしたか?
「韓国バージョンも見ていますし、脚本もいい。クリアなイメージがあるので方向性も分かっていて、絶対そこはいいと思ったのですが、時には他のバージョンより良くないんじゃないかと不安になることもありました」
--でもいけると確信に変わった?
「撮影の中盤になって、役者が私の伝えたいことをうまく表現してくれているなという風に感じた時ですね」
--ヒロイン役のダビカ・ホーンをキャスティングしたのはトップ女優だったからですか、それともほかの理由があったのでしょうか?
「もちろんスーパースターということも理由の一つではありますが、ほかの女優さんを考えた時にダビカさんが演じるほどワクワクしないなって。しかもダビカさんのキャラクターを変えたらさらにワクワクするだろうなと思い彼女を選びました」
--彼女が出演した「愛しのゴースト」と「フリーランス」は、昨年の大阪アジアン映画祭等で見ていますが、今回の作品が一番輝いていましたね。
「今まで全く演じたことのないキャラクターだったので」
(韓国人プロデューサーのチェ・ヨヌさん)「タイ映画ではヒロインがメインになることは少ないんです。だからこの作品は違って見えたのかなと思います」

孫のバンドに加わりボーカルとして活躍するおばあちゃん
--プロデューサーの方からもダビカさんを推したのでしょうか?
「プロデューサーの間ではいろいろな女優さんのリストがありましたが、やはりダビカさんがいいとみんなの意見が一致しました」
--オードリー・ヘップバーンさんはいつもドキドキするけど、今回のダビカさんもドキドキしました。監督はCM業界出身と聞いていますが、タイではCM製作から映画監督にというトレンドはあるのでしょうか?
「そんなに多くはないです」
(チェプロデューサー)「タイ映画は1年に30~40本しか撮られていません。一方、韓国映画は1年に300本撮られるので、ちょうど10分の1です。映画の仕事が少ないので他の仕事をしていて、たとえばテレビCMを撮っている監督が映画監督になるケースはあります」
--監督が映画にかかわるきっかけは何だったのでしょうか?
「子供のころから映画を見ることが好きで映画監督になりたいと思っていました。でもなかなか夢がかなわず、CMを撮っていました。あるとき、映画を撮らないかと声をかけてもらうというチャンスが舞い込み、もちろんやりますと言いました」
--どんな作品が好きだったのでしょうか?
「ドラマとかコメディ。欧米の映画や日本、韓国などいろいろです」
--バス停の壁に韓国版のポスターが貼ってありました。これはプロデューサーからのリクエストですか?
「いえ、私のアイデアです。あそこに貼ることで韓国版のリメイクだよと観客に伝えたかったのです」
--中国版でもそういう場面があったような気がします。
(チェプロデューサー)「中国版はプロデューサーからのリクエストだったと思いますが、タイ版に関しては私たちはリクエストしていないので、監督のアイデアです」

昔の歌ならお手の物。美しい歌声を披露する
--ポスターは一部だけで、全体が映っていないんですね。でもそれだけで韓国版を見ている人はオリジナル版へのオマージュだと分かりました。
(監督)「ポスターの下に『ティーンエイジャーのマジック』と書いてあるんです。わざとポスターを見せています」
--いいアイデアですね。もう一つ、バスの中で若者に携帯で写真を撮られたヒロインが、写真を見せられ自分の顔が変わったことに気が付くというシーンは、まさに最新のカルチャーを使った表現だなと思いました。これも監督のアイデアですか?
「はい、お年寄りと現代技術の対比を出したかったんです」
--それでスマホを使ったんですね?
「オリジナル版ではガラス窓に顔が映るという表現だったので、変えたいと思いました」
--おかげで、「怪しい彼女」が歴史を刻んでいるという感じがあります。リメイクが作られるたびに、変わってきていると。で、監督の次回作を聞かせてください。
「今協議中で、まだジャンルも決まっていないです」
--次もチェプロデューサーとのコンビですか?
「はい、今脚本を練っていて、来年に撮影できればいいなと思っています」
--楽しみにしています。
【紀平重成】
【関連リンク】
「大阪アジアン映画祭」の公式ページ
http://www.oaff.jp/2017/ja/index.html