第622回 「でんげい わたしたちの青春」
「でんげい」。あまり馴染みのないタイトルに最初は戸惑った。しかし、見ているうちに伝統芸能の練習に明け暮れる高校生たちの歌舞の美しさと、厳しい指導に涙を流す、まさに輝く青春の一瞬の虜となった。
在日韓国・朝鮮人の子弟が通う大阪の民族学校「学校法人白頭学院建国高校」の伝統芸術部(通称「でんげい」)が、「文化のインターハイ」と言われる伝統芸能の祭典「全国高等学校総合文化祭」の第38回大会(2014年)に出場した際の熱い夏を追ったドキュメンタリーだ。
日本の伝統芸能が次々に披露されて行く各県代表校の演舞に混じって、10年連続出場の同校伝統芸術部が、朝鮮半島の伝統芸能「地神パルキ」を披露する。楽器を打ち鳴らし、帽子から垂らしたひもを膝のわずかな屈伸だけでクルクル回し、舞い、練り歩いて大地を踏みしめる。会場からは割れんばかりの大きな拍手。
サッカーやラグビーなどのスポーツでは、東京や大阪の民族学校が都府県の代表として出場しているので驚かないが、伝統芸能は衣装から使用する小道具まで、見た目も音楽も他校のものとかなり異なる。その違いにまず驚かされる。しかも大都市を抱える大阪の代表として10年連続出場の快挙。どんな練習をしているのかと、こちらも気になってしまう。
カメラは9人の高校生たちに密着し、練習風景や、上達しない自分を責めての泣き笑い、さらに支える家族の思いまで拾っていく。娘が入部した途端に生活の大半を練習に注ぎ込み、親子の会話が無くなったことを嘆く父親が言う。「伝統芸術部に入ったら、嫁にやったと思え」と。
確かに練習はきつく、しかも自分がうまくならないのを人のせいにはできない。大学進学を目指す高3の男子は「大学は来年も行けるけど(自分の出られる)大会は今年だけ」と言って仲間を引っ張っていく。高2の男子は「一生懸命やって先輩たちに必ず追いつかないと」と健気だ。高1女子の一人は「心で一つになれる公演ができれば」と足を引っ張りがちな自分を鼓舞する。別の女子も「私が好きで選んだから最後までやる」と気を引き締める。
生徒の熱い目つきに韓国芸術総合大学校教授で毎年指導のため来日しているパク・ジョンチョル教授は「韓国の子どもに教えるより、こっちの子どもの方が熱心で教えがいがある」と評価する。
褒める先生がいれば、逆に鬼の形相で大阪弁をまくしたてて叱り飛ばす先生もいる。在日のチャ・チョンデミ先生は自身が差別を受けた経験から、子どもたちには朝鮮半島出身者としての確かなアイデンティティと自分たちの文化への揺るぎのない自負心を持ってほしいと願っての硬軟取り混ぜての指導だ。「うまくなるのに近道はない。あるとすれば練習するだけ」。そう突き放す先生に子どもたちは涙を流しながらもついていく。互いに信頼しあっているからだろう。
自己を管理し、仲間に気を配り、信頼できる指導者について行く。紹介するエピソードは、どれもこれも世界各地で繰り広げられている光景と重なりあう。どこの国も一緒だなと思わせる。そして日本の文化にはこんなにも多様性があり、違いがあるからこそ、それぞれが美しく、輝くのだと思う。
建国高校伝統芸術部の全国大会出場は、13年連続まで伸びている。
監督は釜山MBCのプロデューサーであるチョン・ソンホ。最初はテレビドキュメンタリーとして製作したものを後に映画版に再編集し、2016年の大阪アジアン映画祭では「いばらきの夏」の名前で上映された。
「でんげい わたしたちの青春」は4月15日からK’s cinemaで公開【紀平重成】
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