第623回 「カラ・ワイと『幸運是我』」
大阪アジアン映画祭のオープニング作品「ミセスK」に主演したカラ・ワイ(クララ・ワイ)が、にわかに脚光を浴びている。
元々は女性のアクション映画で1980年代の香港映画黄金時代を駆け抜けた彼女が、長い低迷を経て2009年に「心の魔」(ホー・ユーハン監督)で復活。アクションから繊細な心理描写までこなせる演技派女優であることを印象付けた。
その彼女が同じホー監督とのコンビで今回撮った「ミセスK」は、往年のファンをもうならせる、スリリングで、胸に痛みが突き刺さるような本格派のアクションを披露し、いまなおアクションスターとして健在であることを示したのである。
さらに、本作と相前後して撮影した最新作の一つ「幸運是我」(Happiness=アンディ・ロー監督)が香港電影監督会と第36回香港電影金像奨の主演女優賞を次々と受賞し、演技面での充実ぶりを強くアピールしたのである。
約40年の女優人生を経て、アクションでは、いまも多くのファンを感動させる堂々たる現役であり、一方、演技面では観客はもちろん、映画通といわれる人たちも十分に納得させる事ができ、円熟の域に達したと言えるだろう。
とくに伝統ある香港電影金像奨は、この賞の第1回「レディークンフー 激闘拳」、第29回「心の魔」に続いて3回目の受賞。彼女より受賞回数が多いのは、5回受賞のマギー・チャンだけであり、いかに今回の受賞が価値あるものだったかよくわかる。
筆者はYouTubeで拝見したが、胸元が大きく開いた水色のドレス姿のカラ・ワイが受賞会場で、感激のあまりステージに上がる際に階段を踏み外し、さらに涙をこらえながらのスピーチがさわやかで印象深かった。
涙顔でのスピーチにも感動したが、大阪アジアン映画祭では、第3回オーサカ Asia スター★アワードの表彰式から始まり、オープニング上映、さらにその後のトークへと続く彼女の感謝の気持ちがこもったエネルギッシュなスピーチも見ごたえがあった。
セレモニーに全身白のパンツスーツ姿で現れた彼女は、「16歳の時にチャン・チェ監督に見出していただき、その後10年間で120本のアクション映画に出演しました。体はもうボロボロですが、それでも辞めなかったのは、映画は外国の人も含めすべての人たちとコミュニケーションできる素晴らしい芸術だからです。そして何より私に自信をつけてくれました」と日本のファンに喜びを語った。
そこで、突然「みなさんに伝えたいことがあります」と断り、話し出したのが、前夜受賞したばかりの香港電影監督会主演女優賞作品「幸運是我」についてだった。
「この作品で私は認知症患者の役を演じましたが、患者の皆さんは世界から無視されている状況です。認知症の家族やお友達にも関心をもってもらいたいと思っています。2か月前に亡くなった母も認知症を患っており、私にとっても他人事ではありません。社会的に意義がある題材なので、ぜひ皆さんで盛り上げてください」と語った。
「ミセスK」の上映前のスピーチであり、その作品について聞きたいと思っていたファンの中には、違和感を感じる人もいたかも知れない。しかし筆者は、それでも彼女が話しておきたいことだったのだろうと、むしろ好意的に受け止めて聞くことができた。
念のため、ホー・ユーハン監督はどんな気持ちでいるのだろうかと様子を伺うと、にこにこして聞いているように見えた。監督の包容力の大きさと、二人の間の確かな信頼関係がうかがえるような気がしたのである。
認知症の人が出てくる香港映画と言えば、すぐ思い浮かぶのが「女人、四十。」(1995年、アン・ホイ監督)。キャリア・ウーマンの妻と気弱な夫の家に、妻に先立たれてから言動がおかしくなり、認知症になった夫の父親が転がり込んでくる。はっきりしているのは彼が息子の妻である嫁しか分からなくなっているという事だった。
同作品は第15回香港電影金像奨の作品賞、監督賞、主演女優賞、主演男優賞、助演男優賞の5冠に輝いた。だがしかし、その後、香港で認知症が大きなテーマとして扱われた作品は記憶にない。同作品から約20年がたち、ようやく認知症を商業映画として正面から描く作品が現れ、またファンや評論家もそれを評価し受け入れようとする空気が広がって来たのだろうか。
舞台は香港であり、香港人でなければ分からないニュアンスもあるかもしれないが、認知症に悩む本人と家族が病気とどう付き合っていくかというテーマは普遍的であり、各賞の審査員の心を揺さぶったカラ・ワイの演技についても、YouTubeを見る限り、大いに期待できそう。作品にお目にかかる機会を今から心待ちにしている。【紀平重成】
【関連リンク】
「大阪アジアン映画祭」の公式ページ
http://www.oaff.jp/2017/ja/index.html
「幸運是我」の香港公式Facebook
https://www.facebook.com/EMPmovie.happiness/