第627回 「オリーブの樹は呼んでいる」
平和の象徴とも言われるオリーブの木(枝)を「主人公」にして、経済優先の現代社会に「希望」の意味を問いかける作品。
作品を見ながら筆者は、かつて目の前で繰り広げられた、ある光景と映画のシーンが重なりあい、感動を覚えざるを得なかった。映画では樹齢2000年というオリーブの古木が売られるため引き抜かれるのを阻止しようと、幼い少女アルマが木によじ登って泣きながら抗議する場面。そして、もう一つは、童話に出てくるように可愛らしい形から、筆者の娘が名前まで付けて親しんだ近くの木が、形が一変するほどに刈り込まれ、同様に抗議しながら大泣きする場面だ。
木はたんにそこにあるものではなく、長い時間をかけて親しまれてきた存在であり、人によっては霊的なものを感じて向き合い会話することもあるだろう。だが、そこに経済的価値だけを求めたり、日差しや風景を損なう邪魔なものとして見る人も多い。アルマの場合は、オリーブの木は心が落ち着く揺りかごであり、大好きな祖父と会話をする大事な場所でもあった。
20歳のアルマ(アンナ・カスティーリョ)は、家族や友達から気が強くて扱いにくい女の子と思われていた。しかし、オリーブ農園を営む祖父とは小さい頃から深い絆で結ばれていた。それはどちらもローマ時代に植えられたオリーブの木に神聖なものを感じる心があったからだろう。しかし、農園の経営難から、祖父が大切にしていた樹齢2000年のオリーブの木を父が売り払ってしまった。食事もしなくなった祖父を見て、アルマは祖父を救う唯一の方法はオリーブの木を取り返すことだと考え、ちょっと変わり者の叔父と一途な思いを秘める同僚のラファを嘘で丸め込み、無謀ともいえる旅に出る。
スペインのバレンシアからドイツのデュッセルドルフへ向かう旅という構成がうまい。スペインは長い経済不況に苦しみ、オリーブの木がつぎつぎに伐採され売られていくという状況にありながら、いまなおオリーブの畑が地平線の彼方まで広がる大地の圧倒的存在感は際立っている。一方ドイツは好調な経済を象徴するかのように鉄とガラスの高層ビル群が空に伸びる。対照的な光景だ。
豊かな太陽を浴びて2000年の樹齢を誇るオリーブの木が、ドイツではガラス張りのオフィス内に閉じ込められている。しかも現在木を所有する企業が「環境保護の象徴」としてロゴにまで取り入れているという皮肉な設定だ。経済成長や効率優先に囚われるあまり、大事なものを置き忘れているのではないかというのが、イシアル・ボジャイン監督と、その夫で脚本家のポール・ラヴァ—ティの考え方のようだ。
ポール・ラヴァ—ティといえばカンヌ国際映画祭でケン・ローチ監督とのコンビで「麦の穂をゆらす風」「わたしは、ダニエル・ブレイク」の2作品がパルムドールに輝いている。後者の作品では主人公の大工ダニエル・ブレイクがイギリスの複雑な雇用・福祉制度のために追い詰められていき、最後はドン・キホーテ的に成算も無しに「討ち死に」してしまうのだが、無謀なことを思いつき、突進していく姿はアルマとよく似ている。
そしてどちらも戦いのさなかにドン・キホーテ的と突き放すだけでは説明できない「魂」を見出していることも共通している。それは「希望」と言い換えることもできそうだ。
アルマの「希望」はどんな果実を大地にもたらすだろうか。
ちなみに映画の中に出てくる樹齢2000年のオリーブの木は本物だが、枝を伐採され引っこ抜かれたり、ガラスのオフィスに設置されたものは撮影用に準備されたレプリカという。
「オリーブの樹は呼んでいる」は5月20日よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開【紀平重成】
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