第635回 「ローサは密告された」

「ローサは密告された」の一場面。店の前に立つローサ(ジャクリン・ホセ) (C) Sari-Sari Store 2016
こんな作品は見たくなかった、というのが半分実感だ。なぜなら警察の腐敗がここまでひどいとは思いたくない自分がいるからである。だが残り半分の実感は中身の濃さに感服する率直な思いだ。生活の足しにと始めた少量の麻薬売買を密告されて捕まった両親が、警察からもみ消しの代わりに法外な金を要求され、資金調達のために奔走する子供たちの姿が痛いほど心を打つ。どっしりと重いこの作品はリアルな映像と相まって、怪しい磁力を放っている。
カメラ、音楽、演出のいずれも素晴らしいこの作品を手がけたのは、フィリピンのインディペンデント映画界を牽引するブリランテ・メンドーサ監督。同国のドゥテルテ大統領が押し進める「麻薬撲滅戦争」の前夜を思わせるかのように、警察も深くかかわるなど麻薬にむしばまれたフィリピン社会の闇を赤裸々に描いていく。

連行されるローサ (C) Sari-Sari Store 2016
男女2人ずつ計4人の子どもを持つローサは、マニラのスラム街で小さな雑貨店を経営し、家族からの信頼も厚く、また地元の人々からも好かれている。スーパーで仕入れた商品をばら売りするという小商いの稼ぎは一家6人が暮らしていくには十分とは言えず、家計の足しにするため麻薬も小分けにして売っていた。大量密売するマフィアから見れば取るに足らない地域に溶け込んだ商売だが、ある日、密告を受けた警察のガサ入れがあり、麻薬の袋と顧客リストを抑えられ、ローサと夫のネストールは逮捕されてしまう。
最初は「顧客リストは自分のじゃない」などととぼけていたローサだったが、「警察をナメるな」と怒鳴るコワモテの取調官に代わって、別の捜査官がいきなり「保釈金20万ペソで手を打ってやる」と持ちかけられる。「そんな大金なんて」とひるむと、「金がないなら売人の名前を言え」と畳みかけられる。

呆然とする子供たち (C) Sari-Sari Store 2016
いきなり、もみ消し用の保釈金を要求することにも驚かされるが、両親を心配して訪ねてきた年長の兄弟3人が受付で親の名前を言っても「リストにそんな名前はない」と言われ、そのうち事情を知っている係員から奥の別室に回されて、ようやく親に会えるという展開に感心するのだ。
どうやら捜査は正式の事件としては扱わず、警察の本体ではなく別組織としての扱いであることが分かってくる。その証拠に、逮捕されたとき令状はなく、またローサに密告された売人が警察に連行され、家族に連絡するふりをして上級警部に「パクられた」とメールする。それがバレて売人が袋叩きにされているのを目撃したローサに、捜査官は「警察に連絡したら殺すぞ」と拳銃を突きつけて言い放つのだ。警察ではないと認めたことになるあなたは、では一体何者?
広い意味では警察機構の一員である彼らは、麻薬密売人の稼ぎの一部を吸い上げ、保釈の見返りに金を求める。さらに押収した麻薬をそのまま横流し、時には家宅捜索の際に家族の携帯まで持ち出す。つまり腐敗した麻薬社会に自らも関わり続ける警察官という事になる。海外からは人権問題で批判されるドゥテルテ大統領の麻薬撲滅戦争だが、それを支持する人がいかに多いかという背景が垣間見える。
本来ならドキュメンタリーにふさわしい重いテーマを、商業作品としても存分に楽しめる作品に仕上げたのは、やはり監督の力量だろう。そのうまさは不穏な気配に満ちた滑り出しから伝わってくる。

銃口を向けられおびえる夫妻 (C) Sari-Sari Store 2016
薄暗い夕方、ローサと次男はスーパーで買い物をして大きな袋をいくつも抱えている。雷の音がして雨が降り出しそうだ。乗ったタクシーの運転手がスラム街の入り口でそれ以上の侵入を拒否し、やむを得ず雨の中を歩きだす。商品を濡らすまいと気を付けるがびしょ濡れ。出会った長男は手伝おうともせず、店に戻ると夫は店番を放り投げて2階で薬をやっている。直後の最悪の事態が予想されるような展開だ。
そうかと思うと、麻薬をいつも店で買う家族同然の男に夕飯を勧めるなどスラム街の濃密な人間関係や、夫婦で薬を砕いて小分けする様子など、生計の大事な手段についての流れるよう描写もうまい。つまり暮らしの様子がしっかり描かれているのだ。その中心人物であるローサ役のジャクリン・ホセはメンドーサ作品には欠かせない女優で、本作の演技で2016年のカンヌ国際映画祭主演女優賞に輝いている。

両親を救うためには保釈金を用意するしかないと覚悟する子供たち (C) Sari-Sari Store 2016
映画は後半、ローサの3人の子どもたちが腐敗した警察から両親を救い出そうと悪戦苦闘していく。親戚から悪態をつかれたり、両親を密告した男を知って追いかけまわしたり、あるいは……それぞれの涙ぐましい方法で大事なお金を作り、借りていく。バラバラのように見えていた家族が、一つにまとまる。それをことさら美しくは描かないところがメンドーサ流でクールだ。
フィリピン映画は、今年の大阪アジアン映画祭で上映された「パティンテロ」や09年の同映画祭上映作品「100」など近年、バラエティに富んだ作品が多く、これからも注目していきたい。
「ローサは密告された」は7月29日よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開【紀平重成】
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