第646回 「『大仏+』と『アリフ、ザ・プリン(セ)ス』で描かれる台湾

「大仏+」の一場面。パソコンでドライブレコーダーの映像を見る二人(C)2017 Creamfilm, MandarinVision. All rights reserved.
台湾に毎年のように出かけ、「もう見たいところは全部行ったよ」と、ちょっぴり憂い顔のあなた。悲しむのは早いですよ。そんな、いわゆる「通」の人でも、この2作品を見れば、見知らぬ台湾の姿に目が釘付けになるのではないか。第30回東京国際映画祭で上映された「大仏+」と「アリフ、ザ・プリン(セ)ス」は観光地とは違う台湾が次々に出てきて、監督の工夫とセンスを感じさせる。それは台湾社会の底辺で生きていくのがやっとの人々や原住民、LGBTQ(性的少数者)と言ったマイノリティーの人々の暮らしを見事にすくい取っているからである。
「大仏+」はドキュメンタリーでキャリアを重ねてきたホアン・シンヤオ監督が、2014年に発表した短編「大仏」を基に初の長編として撮った作品。「+」の文字は、そのいきさつを表わしているようでもあり、開き直っているようにも感じる。
仏像制作工場の夜間警備員であるツァイプーは、冷え切った弁当に文句を言いつつ、友人とテレビやポルノ雑誌を見るのを楽しみにしていた。ある日ふたりは、社長の高級車に備え付けられているドライブレコーダーに残された映像を見てしまう。大半は車の走行映像と合間に聞こえてくる男女のあえぎ声といった日常が繰り返されるだけだったが、その中に衝撃的な映像が残されていた。仕事を失うことを恐れたツァイプーたちは、警察に届け出るのをためらうが、彼らの周りに影が差し始める。
描かれるのは学も向上心もなく、友人からバカにされながら、その日暮らしを続けるツァイプーや、ゴミの中から売れそうな金属類を集めて何とか生計を立てようとする友人、防潮堤の上の監視塔に住み込んでしまう男など格差社会の底辺を生きる人々をとらえる。一方、大風呂で女をはべらせ飲食する金持ちたちの「酒池肉林」の狂乱ぶりをも描く。そんな人間たちの滑稽な姿を、完成しつつあった大仏が何も言わず見下ろす。
上映後のQ&Aで、短編に続き、今作でもモノクロが基本の映像にした理由を聞かれ、ホアン監督は「短編のときは資金がなくモノクロで撮ったので、今作も資金はあったけど同じスタイルにした。貧しい人たちの現実世界はモノクロで撮り、金持ちの車のドライブレコーダーの映像はカラーにした」と説明した。
またフィクションには珍しいナレーションを採用したことについて監督は「ドキュメンタリーではないのにナレーションを入れるのは変ではないですかとプロデューサーのイエ・ルーフェンさんに聞いたところ、慣例にとらわれず自分のスタイルで作って行けばいいと言われた」といきさつを語った。
登場人物がカメラの方を見ながら説明したり、ナレーションを流すという手法はフィクションでも見かけることがあり、そこに違和感を持つかどうかは見る側の好みの問題かもしれない。筆者の場合は進行を促す効果や意外性を感じた。たとえば「何々さんは何時間後に死ぬ」という説明はかなり大胆だ。それでも見れてしまうのは、ナレーションを入れる材料やタイミングの選び方をドキュメンタリーで十分に鍛え会得しているからだろう。
仏像制作工場のクセのある社長をレオン・ダイが演じ、「ゴッドスピード」のチョン・モンホン監督が製作と撮影を手掛けている。7月の台北映画祭グランプリ受賞作。

「アリフ、ザ・プリン(セ)ス」の一場面。 原住民の衣装をまとったアリフの思いは……
一方、「アリフ、ザ・プリン(セ)ス」は「父の初七日」のワン・ユーリン監督の作品。台北でヘアスタイリストとして働くアリフは父親が原住民の族長で、東海岸の村に戻れば後継者となる話が進んでいる。しかし彼の本心は女性になること。民族と世代、さらにジェンダーの違いを認めつつ、台湾の今を描こうとする意欲作だ。
作品には主に3つのカップルが登場する。ヘアスタイリストのアリフは同僚でレズビアンのペイチェンとルームシェアし、なんでも相談できる仲だ。一方、ピアノ教師の妻はある日、ダンサーの夫の秘密を知ってしまい、彼を家からたたき出す。ゲイのシェリーは恋人が刑務所にいる時から出所を待ち望み一途な思いを隠さない。ある日、末期のすい臓がんであることを恋人に打ち明けて……。
アリフとペイチェンはゲイとレズビアンというLGBTQ同士の仲。二組目の夫婦はダンサーの彼がバイセクシュアル。そして三組目は亡くなるシェリーがゲイというふうに組み合わせにバランスを取っている。人には様々な生き方があり、マイノリティの生きにくさや、それを乗り越えようと前を見つめる姿を表現したかったのだろう。
中でもアリフは原住民とLGBTQの二つの領域で少数者なので、しんどさも2倍と考えてもおかしくない。逆に言えば同調圧力に耐え生きていく強い力は自ずと備わってくると考えれば、監督が主人公のアリフ役のウー・ジョンアンに託した力強さとナイーブさ、美しさをも併せ持つオーラも分かるような気がする。原住民の衣装を身にまとったアリフの圧倒的な姿がそれを証明している。
「大仏+」と同様、「アリフ…」のキャスティングも味わいがある。「大仏+」ではクレーンゲームの達人でエロ本マニアの男を生き生きと演じたチェン・ジューションが、「アリフ…」では中年男に思いを寄せるゲイのシェリーを情感豊かに演じている。相手役の中年男はどこかで見た顔と思い後で調べると、同じワン・ユーリン監督の「父の初七日」で道士役だったウー・ポンフォン。彼もシェリーの葬儀で感動的なお別れの挨拶をしていた。
「アリフ…」には原住民歌手の大御所キンボ(胡徳夫)も父親役で出ていて、画面を引き立てている。
台湾映画にまた新しいタイプの作品が仲間入りした。両作品とも日本公開の価値は十分にあり、応援したい【紀平重成】
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