第649回 シルヴィア・チャンの「相愛相親」
今年も映画を見ることの楽しさと意味をあらためて考えさせられる「映画の祭典」東京フィルメックスが始まった。
オープニング作品の本作は、シルヴィア・チャン監督が主演も兼ね、釜山国際映画祭では逆にクロージング作品となった話題作。現代の中国を舞台に3世代の女性を描いていく。
母の死を看取ったホェイイン(シルヴア・チャン)は、母を父と同じ墓に入れるため田舎にある父の墓を移そうとする。しかし、父の最初の妻で、身寄りの子どももなく一人田舎で暮らすナナの激しい抵抗に逢い、彼女に同情した村人の加勢もあり、村に大きな波紋を巻き起こしてゆく。
上映後のQ&Aで、今回のテーマに家族を取り入れた理由を聞かれ、チャン監督は「家族の物語の中にも世代の違いがあり、ここに色々なことを盛り込むことができると考えた。それは、お互いがいかに理解できていないか、あるいは人がどれだけ移動しているか、さらに都市の急激な変化などだった」と答え、「映画はシンプルなストーリーだが、脚本に4年をかけ練り上げた」と作品へのこだわりを紹介した。
そんなこだわりの一端がうかがえたのは、林加奈子ディレクターがQ&Aの冒頭、シルヴィア監督に投げかけたティエン・チュアンチュアン(田壮壮)監督を自身の夫役に起用した経緯についての質問。
ティエン監督と言えば、「盗馬賊」や「青い凧」(93年東京国際映画祭グランプリ)で知られる中国映画の巨匠。観客のだれもが知りたい質問にシルヴィア監督は「10年ほど前にティエン監督の『呉清源 極みの棋譜』に出演し、友人となった。人間としてのティエン監督に魅力を感じた」と出会いの印象を語り、「(定年間近い教師の)主人公を支えるもの静かな夫という今回の役どころを考える際にティエン監督の顔しか思い浮かばず、思い切って打診した」と意中の人であったことを披露した。
ところが、出演を快諾してくれたはずのティエン監督が、撮影の初日に「演技はできない」と言うので、「ありのままでいい」と説得すると、翌日には演技しない演技という今回のスタイルが生まれ、作品全体のトーンを決めてくれたという。
その彼が演じる自動車教習所のベテラン教官は、思い通りに事が進まずイライラを募らせて行く妻の感情の揺れを受け止めて、あるいは受け流すという絶妙の手綱さばきで、彼女と向き合う。
穏やかな笑みを絶やさない夫の優しさを最も物語るのは、夫がテレビ局で働く娘に手伝ってもらい、妻へのバースデーカードを用意するエピソードだ。夫が浮気しているのではと誤解していた妻が、引き出しの中に隠されていたカードに気づき、彼を愛おしく感じて、イビキをかいて寝ている夫にキスをしようとする。寝返りをうたれ思いは空振りに終わるコミカルなシーンは、さりげない描写の中に、家族と言えども誤解はあり、また努力をすれば理解し合えるという監督の人間観が込められているようだ。
このところシルヴィア・チャン監督の出演作には異世代交流という隠れたテーマがあるように見える。もちろん、監督はジョニー・トーやリー・ユー、ジャ・ジャンクーといった実力も名声も兼ね備えた第一線の監督たちだが、「ブッダ・マウンテン〜希望と祈りの旅」「山河ノスタルジア」などの作品には異世代交流を通じて、一見強い性格の女性が内心の弱さをさらけ出し、結果的に若い世代に受け入れられていくという展開が多いように思う。それは、それぞれの監督たちがシルヴィア・チャン監督自身の中にそんな側面を読み取っているからとは言えないか。
今作では強い性格の女性をやさしく包み込み、妻の内面の弱さと優しさを引き出したのは同世代の夫だったが、母親に代わって孫世代の娘が祖母世代の女性と交流していくという構成だ。
シルヴィア・チャン監督の映画の作り方は、たとえば視聴率を取るため意図的にあおるなど挑発的な演出をするテレビ業界を皮肉ったり、あるいは官僚的で、時間が来たらテコでも動かない行政の窓口の対応を織り込んでいく。「あるある、こういう事って」と思わず共感する場面だ。そんな事例を全面的に批判するのではなく、しゃくし定規の窓口スタッフが、後で「戸籍簿が手に入って良かったね」と人情に篤い人という風にイメージをチョッピリ変えてバランスを取るなど、批判よりはやんわりと皮肉るというスタイル。批判をバランスという味加減でまぶすシルヴィア監督風の優しさなのかもしれない。
一言付け加えると、映画の始まりで「青春のつぶやき」や「夜に逃れて」「星空」にも出てきたレネ・リウの名前がクレジットされていたので、ファンの一人として「いつ出てくるか」と気をもんだが、出番は少ないものの、うまさとチャーミングな笑みが素敵な場面での登場に十分満足した。監督に感謝。
Q&Aの最後に林ディレクターが本作の日本国内での配給が未定であることを紹介。配給する会社が現れることを会場で呼びかけ、会場にも同意を求めると大きな拍手が沸き起こった。この思いをつなげたい。
「相愛相親」の同映画祭2回目の上映は24日(金)15:20より、有楽町朝日ホール【紀平重成】
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