第653回 「クイーン 旅立つわたしのハネムーン」
いろいろなことが起き、一喜一憂した2017年も残りわずか。嫌なことは早く忘れ、気持ちを切り替えたいものです。そんなとき、文句なしに元気の出るインド映画はいかがでしょうか。突然、婚約破棄を告げられた女性が、傷心のヨーロッパ旅行で新しい生き方を育んでいくという物語。もちろん、女性を元気づける作品ですが、男性が見ても楽しめる作りになっているところに脚本のうまさを感じます。
出かけるときは必ず父親か弟が付き添うというデリーの厳格な家庭で育ったラニ(カンガナー・ラーナーウト)は、家族同士付き合いのある一家の息子ヴィジャイ(ラージクマール・ラーオ)との結婚直前、一方的に破談にされる。部屋で泣き暮らすばかりだったラニは、やがて祖母ら家族の励ましを受け、新婚旅行を予定していたヨーロッパに一人向かう。
傷心のラニに追い打ちをかけるように、パリでは言葉が通じないため料理一つ思い通りに注文できず、孤独感を募らせ、追いはぎにまで襲われる始末。早々の帰国を考え始めたラニを偶然助けたのは、宿泊していたホテルの従業員ヴィジャイラクシュミ(リサ・ヘイドン)だった。シングルマザーの彼女の言動を目の当たりにするうちに、ラニは女性の生き方の多様性に目覚めていく。
次の訪問地アムステルダムのゲストハウスでは、国籍や言葉、肌の色も異なる青年3人と部屋をシェアし、さまざまな価値観と触れ合うことで、元気を取り戻していく。そこへ、ラニとの復縁を求める元婚約者のヴィジャイがアムステルダムまで追ってきて……。
新婚旅行に行くはずだった場所に主人公が一人行くという話は、台湾映画「百日告別」(トム・リン監督)を思い起こさせる。一人旅とならざるを得なかった理由が、婚約の破棄ではなく婚約者の事故死だったというところに違いはあるが、癒しを求めての旅という点で二つの作品はよく似ている。
一方、映画の主題である主人公の女性による自分探し、あるいは成長物語という点で良く似ているのは、「マダム・イン・ニューヨーク」や「チャーリー 〜Charlie〜」だ。インド映画と言えば、歌と踊りのオンパレードというイメージが強かったが、近年は女性の主人公が旧弊にとらわれることなく、自分をはつらつと表現していく作品が増えている。
ラニが、パリで自由な生き方をするヴィジャイラクシュミとこんな会話を交わすシーンがある。「インドの女はゲップもできない」と嘆くラニに、ヴィジャイラクシュミは「パリは何でも許してくれる」と応じる。すぐさまラニはこう返す。「インドに生まれた女は何も許されない」
こう書くと、ヨーロッパは自由な生き方が許される文化の進んだ社会で、逆にインドは制約の多い遅れた国と自ら断じている作品と思われがちだが、ビカース・バール監督は、そう決めつけることはせず、むしろ文化の違いと並列に見ているように思う。何でも自由にできるということは、責任を伴い、自由を享受するのにふさわしい社会的見識を求められる。一方、慣習の多いインドは不自由にも見えるが、その分家族に守られている。自由と責任、そして制約と安全は、それぞれ表裏の関係にあり、培ってきた伝統の違いということなのだろう。
映画では価値観の多様性に気付いた主人公が、傷心状態を乗り越え、自らの意思で歩き始めようとする姿を生き生きと描いていく。そのきっかけになったのがパリでは自由人、ヴィジャイラクシュミとの出会いであり、アムステルダムでは人種の多様な青年たちとの交流だ。
多様性という言葉は文化の衝突や種の保存といったテーマを論じるときによく使われるキーワードだが、監督が映画を撮る上でこの言葉をかなり重視していると感じるのは次のようなエピソードからである。イタリア出身の料理人が自慢の味付けをラニから「私には合わない」と否定され、険悪な関係になった時、その違いをマイナスには描かず、むしろプラスになることもあるという描き方に文化の多様性を肯定的に見るまなざしを感じたのだ。娯楽映画の作りになってはいるが、監督の訴えたいメッセージのはずである。
シリアスな場面もたくさんあるが、ほぼ全編にわたってユーモアにあふれたカットを楽しめるだろう。パリで泣いているラニを見かけた日本人の団体旅行客が一斉にカメラを向ける場面は、思わず笑ってしまったが、別の見方をすれば「えっ、まだこんな見方をされているの? 日本人って」と苦笑。他にも楽しめる仕掛け満載だ。
「クイーン 旅立つわたしのハネムーン」は1月6日より、シネマート新宿ほか全国順次公開。146分のオリジナル完全版が上映される予定。【紀平重成】
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「クイーン 旅立つわたしのハネムーン」の公式サイト
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