第668回 「ダンガル きっと、つよくなる」

長女と次女の二人にレスリングを教えることを思い立った父親マハヴィル(アーミル・カーン) (C)Aamir Khan Productions Private Limited and UTV Software Communications Limited 2016
アーミル・カーンの出演作は、脚本がよく練られていて、それだけでも十分に面白いが、さらに何らかのメッセージが込められているところにも魅力がある。たとえば「きっと、うまくいく」では学歴偏重社会に警鐘を鳴らし、「PK ピーケイ」では宗教が持つ様々な課題をあぶりだす。では本作はどうか。インド版「巨人の星」を思わせるスポ根作品であり家族愛あふれる感動物語でもあるが、社会に今なお巣食う「男尊女卑」の旧弊に異議を唱え、女性にエールを送る内容になっていて、期待を裏切らない。

練習を嫌がる娘二人に父親は容赦しない (C)Aamir Khan Productions Private Limited and UTV Software Communications Limited 2016
物語は実話をもとにしている。レスリングを愛し、インド国内のチャンピオンにまでなったマハヴィル(アーミル・カーン)は、生活のため選手の道を断念。いつか自分の息子を国際大会の金メダリストにすることを夢見て若手の指導に当たっていた。しかし生まれてきたのは4人続けて女の子で、夢を諦めるが、数年後、ケンカで男の子をボコボコにした長女と次女の格闘センスに希望を見出し、翌日から2人を鍛え始める。娘に男物の服を着せ、髪を切り、町中の笑いものになっても、父親は信念を変えずに熱血指導。当初はさまざまな抵抗を試みる娘たちだったが、やがて才能が開花し、新たな難問に向き合うことになる。
年間の映画製作本数が1000本を超える映画大国のインドだけあって、映画を面白くする工夫は細部にまで行き渡っている。まず主演のアーミル・カーンの体重増減が凄まじい。筋肉が盛り上がった現役時代から、指導者として向き合う中年の貫録十分の体型まで実に27キロも体重を増加させた。しかも撮影は映画の流れとは逆に太った時から始めたので、元の70キロに戻すのに1年近くかかり、「この減量は無理かも」と弱気になったという。まさに「肉体改造」という言葉がふさわしいチャレンジだ。

娘たちの実力を示す時がやってきた。好奇の目で見守る観客の前を親子3人が堂々リングに向かう (C)Aamir Khan Productions Private Limited and UTV Software Communications Limited 2016
アーミルと同様に重視されたのが幼少期と青年期の長女と次女計4人の女性のキャスティング条件。一つは父親役のアーミルに似ていること、そしてもう一つは二つの年代とも姉妹役の2人が似ていることだった。また本物の選手が見ても不自然に見えないほど投げ技の切れが良く、しかも美しい動きができるよう特訓を繰り返した。もちろんスポ根作品ならではの次々と起きる困難を乗り越えるドラマ性も必要だった。
これらの工夫はいずれも成果をあげたと言えるだろう。まるで本物の選手が試合会場で演じているのではと思わせるほど女優たちの動きはシャープで、見ている筆者も力が入ってしまい、技がかけられるたびに体を前後左右に大きく揺らしている自分に気付くこともしばしばだった。

鮮やかな勝ち方に雄たけびを上げる父親マハヴィル (C)Aamir Khan Productions Private Limited and UTV Software Communications Limited 2016
一方、ニテーシュ・ティワーリー監督が伝えたかったメッセージは、映画を面白くさせる工夫というよりは観客に一緒に考えてほしい内容の方だったと言えるだろう。もちろん映画なので楽しんでもらうことも大事な要素。本作でも随所にユーモアあふれるシーンが織り込まれていて、ともすれば重くなってしまう展開を解きほぐす効果は十分に見られた。それでも娘の才能を見抜き、周囲の抵抗をものともせず、能力を引き出し続ける父親の役割は大きかったはずだ。
最初は父親の方針に納得せず「あんな父親、いらない」と泣く姉妹に、ある花嫁が「幼い娘に家事を押し付け、14歳になったら顔も知らない男のところへ嫁に出す自分の父親と違って、あなたの父親は娘の将来を思ういい父親」と諭す場面は伝統的な因習から自由であるべきだという監督のメッセージを強く表している。

成人となった長女は国内に敵なし (C)Aamir Khan Productions Private Limited and UTV Software Communications Limited 2016
こんな場面もある。長女がオーストラリアの選手と戦う際、父親はこう励ます。「敵はオーストラリア(の選手)ではない。女を下に見るすべての人との戦いだ」
貧富の差が大きく、地方には古い考えが今なお多いと言われるインドだからこそ、国を変えていかなくてはいけないという監督のメッセージであろう。まぎれもないエンターテインメント作品でありながら、巧みに込められたメッセージは、説教臭さをまったくといっていいほど感じさせない。そして挿入された主題歌は「♪ダンガル、ダンガル」と調子よく、しかも「♪やめて父さん、私たち体を壊すわ」と何度も歌うなどコミカルで、YouTubeでも話題の楽曲になっている。
インドのほか中国や香港などのアジア諸国でも大ヒットを記録している本作。おなじみの爆音上映会が今回も日本国内で計画されているようで、どうぞ存分にお楽しみいただきたい。
「ダンガル きっと、つよくなる」はTOHOシネマズシャンテ ほか全国公開中【紀平重成】
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