第６７０回「29歳問題」（原題「29+1」）

by ginmaku-kanwa · 公開済み 2018年5月14日 · 更新済み 2018年5月14日

まぎれもない傑作である。一見すると本作は女性が仕事を取るか結婚かの選択を迫られるという、世にいう「29歳問題」を描いているように見える。それももちろん主要なテーマには違いない。だがこの作品は実のところ人生に疲れたあらゆる世代の男女の心に響くよう、チャーミングかつユーモアたっぷりのメイクを施し、「次ぎの一歩」へ踏み出す勇気を語りかけていると言ってもいいだろう。昨年の大阪アジアン映画祭で日本初上映を果たし、今年の香港電影金像奨で最優秀新人監督賞を受賞したばかりの話題作だ。

香港の化粧品会社で働くクリスティは１カ月後に30歳の誕生日を迎える。表面上は気の置けない女友達らと恋愛や結婚話で盛り上がっているが、内心では大台入りが少々気になっている。というのは長年付き合っている恋人と最近しっくりいかないし、頑張った甲斐あって評価されている仕事の方も部長抜擢によるストレス増大で黄色信号が灯り始める。そこへ認知症の進行した父親から昼夜を問わず電話がかかってきてたびたび仕事が中断。更に大家の勝手な都合で突然アパートから追い出されることに。まさに弱り目に祟り目の状態なのだ。

でも人生とは分からないもの。くだんの大家つながりで、その甥の友人というティンロがパリ旅行中で不在の間、彼女の部屋に仮住まいすることになったクリスティ。そこでティンロの日記を読み、偶然にも自分と同い年で誕生日まで一緒だと知り、彼女にシンパシーを感じ始める。レスリー・チャンをはじめ大好きな映画や音楽と優しい人々に囲まれ、辛いことがあっても笑顔を忘れず楽天的に暮らすティンロ。自分とはまるで正反対の性格なのに何故か彼女の日常にクリスティは惹かれていくのだ。

本作は香港の舞台演劇界の第一人者キーレン・パンが12年間演じ続けた１人芝居を自ら映画化した初監督作品。知り尽くした台本に映画ならではの映像を随所に差しはさみ、コミカルな味付けでテンポをよくしたことと、クリスティ役に「西遊記　はじまりのはじまり」のクリッシー・チャウを、ティンロ役には「コールド・ウォー　香港警察　二つの正義」のジョイス・チェンという共に旬の人気女優を起用し、香港の「非アクション映画」としては異例ともいえる興行ベストテン７週連続入りの大ヒット作品となった。

ヒットの要因は「29歳問題」という、デリケートで若い女性の共感を呼びそうな題材を真摯に、丁寧に描いたことがまず挙げられる。またそれを深刻にではなく、ユーモアを交えて映し出したことも受け入れやすさにつながっている。

そして、それ以上に観客が反応し口コミで評判が広がったのは、全編に流れる「香港映画愛」とも言うべき懐かしき香港映画への数々のオマージュではないだろうか。クリスティが友人の誕生祝いに買い求めたのはウォン・カーウァイ監督のサイン入り「花様年華」（２０００年）のポスターだ。またティンロの部屋にあったレコードはレスリー・チャンやＢＥＹＯＮＤらが活躍した80年代ポップス。現在40代前半の監督が10代の時に夢中になった映画やポップスが、作品内での巧みな使われ方によって同じ世代だけでなく、その前後の世代にも支持を広げているように見える。

とりわけエンディングで歌われるレスリーのバラード曲「由零開始」（ゼロから開始）は、そのタイミングの絶妙さと歌詞の内容そのもの、さらに優しい声への懐かしさが相まって、思わず落涙される方もいるだろう。

「一段一段　どの段階（ステージ）もゼロから始まる」というメッセージは、20代女性と言わず、どの世代の男女にも自分のことのように受け入れられるはずだ。「29歳問題」は間違いなく「普遍的な問題」と言っていいだろう。劇中にも出てくるように「暗い顔をしていても問題は解決しない」し、そのことは政治でもスポーツでも当てはまる金言といっていい。

「29歳問題」は５月19日よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開【紀平重成】

【関連リンク】
「29歳問題」の公式サイト

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