第674回 「君が君で君だ」

「君が君で君だ」の一場面(左から大倉孝二、池松壮亮、満島真之介)(C)2018「君が君で君だ」製作委員会
そのタイトルも異色ならストーリーも破天荒。だが見終わったときには重くのしかかっていた疲労感が薄れていくような心地よさを感じるかもしれない。「君が君で君だ」はそんなヘンテコな作品だ。

彼女に借金の肩代わりをさせた彼氏(高杉真宙=右から2人目)を非難する3人(C)2018「君が君で君だ」製作委員会
韓国からやってきた女の子ソン(キム・コッピ)に夢中になって、彼女の好きな男になりきることを決意した3人の男が、自分の名前も捨て去って10年間ひたすら彼女を見守り続けるという異色の恋愛物語。
彼女の好きな男とは伝説のロックシンガー「尾崎豊」(池松壮亮)、世界の名優「ブラピ」(満島真之介)、幕末の風雲児「坂本龍馬」(大倉孝二)の3人。彼女のあとをつけ、そっと写真を撮る。ルールは姿を見られたりしてはダメで、ましてや接触は厳禁。向かい合うアパートの一室から双眼鏡で見守り、彼女と同じ時間に同じ食べものを食べ、撮った写真を部屋中に張り巡らして彼女のことだけを考える。しかし、そんな平和だが閉塞的な日々は、彼女への借金取り立て屋が突如彼らの前に現れたことからガラガラと崩れ始め、物語は予想もつかない終末へと大きく動き出す。

自分の写真が張り巡らされたアパートの一室に立ちすくむソン(キム・コッピ)(C)2018「君が君で君だ」製作委員会
3人のやっている行動はストーカーまがいにも見えるが、接触しないという節度を守っているところをみると、純愛を超えた「超愛」「偏愛」、あるいは「片愛」とでも呼べばいいのだろうか。男3人が彼女の一挙手一投足に震え、歓喜のダンスを繰り広げる様が延々と続く事態には、映画のチラシにあるように「なんてひどい!なんて無様だ!この映画は、観ちゃいけない!と語る人がいた」と自虐的に紹介しているのもうなづける。
また、よくいえば疾走感ある映像も、単なるドタバタの寄せ集めにも見え、「早くこの騒ぎが終わってくれ」「いっそのこと見続けるのをやめるか」と思ったことも白状しておこう。しかし、随所でハッとするカットに目を奪われたことも事実である。
とりわけヒロインのキム・コッピの美しさは、「息もできない」(ヤン・イクチュン監督)や「マジック&ロス」(リム・カーワイ監督)の時には感じることが出来なかったほどのレベルで、松居大悟監督の演出力と彼女への惚れ込みのほどが十二分にうかがえる。

借金取り立て屋の子分(向井理)が3人のアパートに踏み込む(C)2018「君が君で君だ」製作委員会
彼女をはじめ、他のキャスティングも冴えわたっている。「万引き家族」にも出演した池松は一途な思いから暴発寸前のカットに至るまで、多様な表情を楽しめるのがいい。ブラッド・ピットになりきった満島真之介も、言われてみればブラピに見えなくもない華やかさを醸しだし熱演している。龍馬になりきった大倉孝二は吹っ飛んだ演技の中に浮かぶ困惑の表情がリアル感を引き立てる。

優しい声をかけるかと思うとドスを利かせる借金取り立て屋のボス(YOU) (C)2018「君が君で君だ」製作委員会
この3人の尋常ならざる熱気を随所でクールダウンさせるのが、ソンの借金の肩代わりを3人に迫る借金取り立て屋の女ボス(YOU)とその子分(向井理)だ。似合わないと思っているからこそ迫真の演技が一段と冴えわたる。この二人、意外に地でやっているかも。そしてもう一人、ソンに借金の肩代わりを最初にさせた張本人である彼氏(高杉真宙)のダメ男ぶりもハマっている。
監督の意図に合わせて暑苦しいアパートの一室で繰り広げられる熱量オーバー気味の変態愛を楽しめるかどうかは観客次第と言えるかもしれない。とはいえ、それがどんなに過激であっても、ひたむきな愛の表現であることに変わりはない。
劇中に流れる尾崎豊の名曲「僕が僕であるために」が切なくも効果をあげている。またホウ・シャオシェン監督やジャ・ジャンクー監督の作品に参加してきた半野喜弘が音楽を担当。
「君が君で君だ」は7月7日より新宿バルト9ほか全国順次公開
【紀平重成】
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