第680回 「夏、19歳の肖像」

豪邸の女性を望遠鏡でのぞくカン・チャオ(ホアン・ズータオ) (C)2016 DESEN INTERNATIONAL MEDIA(BEIJING)CO.,LTD.ALL RIGHTS RESERVED
ヒッチコックの「裏窓」をほうふつとさせる展開。しかも日本のミステリー作家・島田 荘司の同名小説を中国で映画化したものであり、メガホンを取ったのが「光にふれる」「共犯」の台湾人監督チャン・ロンジーという風に何かと話題の多い作品だ。もうこれだけで制作者側の期待がいかに大きいか分かろうというものだが、俳優、スタッフも国際色豊かで、東アジアにおける映画共同制作の行方を占う一作といえるだろう。

バイクの事故で足を骨折することになるカン・チャオ (C)2016 DESEN INTERNATIONAL MEDIA(BEIJING)CO.,LTD.ALL RIGHTS RESERVED
大学の夏休みにバイクで事故を起こし骨折してしまった19歳のカン・チャオ。親に内緒でバイクを買ったので、身の回りの世話は大学の友人で入院している病院の理事長の娘ジュー・リーと、彼女に好意を寄せるジャオ・イーに依頼するしかなかった。
身動きの取れない退屈な入院生活を送っていたカンは病室の窓から見える豪邸で暮らす若く美しい女性に心を奪われる。それから望遠鏡で彼女の様子をのぞくのが日課になったカンはある日、夫婦らしい中年の男女が激しく口論し、そこにナイフを持った彼女が背後から男に近づくのを見かける。さらに倒れた男を女性二人が引きずっていくのも目撃する。後日、二人は隣のビル建設現場で何かを埋めていた。美しい彼女が殺人? カンは真相を確かめないではいられなくなり、思い切って女性の家に忍び込む。
これだけでもハラハラドキドキの展開だが、さらにカンは手紙やSNSを通じ正体不明の人物から「見たことを人に言うな 危険 注意しろ」などと脅され始め、物語はミステリーの様相を深めていく。その一方でカンは機転を利かせ、豪邸に住む彼女がシア・インインという名であることをつかみ、彼女と付き合うことにも成功する。

退屈で友人とともに散歩に出かけるカン・チャオ (C)2016 DESEN INTERNATIONAL MEDIA(BEIJING)CO.,LTD.ALL RIGHTS RESERVED
なにせ主役のカン・チャオを演じるファン・ズータオ(愛称タオ)は人気アイドルグループ「EXO」の元メンバーでイケメン度100パーセント超。また相手役のシア・インインを演じるヤン・ツァイユーもフォン・シャオガン監督の「芳華-Youth-」のヒロインに抜擢されるなど若手の注目女優。物語は二転三転する展開に目が離せず、美男美女による切なさがない交ぜになった演技も堪能できる「青春恋愛ミステリー」といったところだろうか。
普通ならあれもこれもと作品に盛り込めば観客は胸やけ気味になってしまいそうだが、「共犯」で先の読めないなぞ解きをの面白さを織り込みながら、高校生の友情と葛藤という普遍的なテーマにも挑んで好評を得た監督だ。お得意のサスペンスで前作を上回る魅力ある作品に仕上げることができたのか、あるいはそれほどでもなかったのかは、意見の分かれるところだろう。

カン・チャオは急速にシア・インイン(ヤン・ツァイユー)と親しくなる (C)2016 DESEN INTERNATIONAL MEDIA(BEIJING)CO.,LTD.ALL RIGHTS RESERVED
個人的には共同制作の難しさがあると思う。監督や俳優、脚本、撮影、音楽といった様々なスタッフ、キャストが刺激しあう機会であり、みんなの力がまとまればメリットは大きい。しかし参加した関係各国で受け入れられるよう相違点をあらかじめ排除していくと、見た目は口当たりのいい作品になってもリアリティーに欠けるなどデメリットが出てくる。たとえば本作のロケ地は台湾と聞いているが、舞台は中国のはずなのに妙におしゃれで、個性とも言うべき土臭さが損なわれてしまう。むしろ中国らしい風景や、エピソードを入れた方がリアリティーが増す。全体を無理に一色に染めるのではなく、個々の魅力を生かしつつ一つの作品に編み上げるというくらいの方がいい結果を得られるのではないだろうか。

「夏、19歳の肖像」のポスター (C)2016 DESEN INTERNATIONAL MEDIA(BEIJING)CO.,LTD.ALL RIGHTS RESERVED
出演した俳優は主演の二人だけでなく脇役も短いシーンながら健闘した。カンの世話を焼くジュー・リー役のリー・モンや、その彼女への思いを打ち明けられない友人のジャオ・イーを演じるカルビン・トゥはどちらも注目され始めた若手。またカンと同室の患者ジャン爺さん役は香港映画で50年以上活躍するスタンリー・フォンだし、殺人事件のカギを握る豪邸の家主はチャン・チェンの父親のチャン・グオチュウと見どころは多い。
それにしても日本の原作小説の映画化が各国で増えている。今のところ必ずしもヒットにつながっていないようだが、一時的なブームに終わらせず、中国や台湾、韓国の映画人はもちろん、それぞれの地域の人々との相互理解による友好を積み上げてほしいものだ。建前ではなく本音の言える関係になるために映画の力も信じたい。
「夏、19歳の肖像」は8月25日よりシネマート新宿ほか全国順次公開
【紀平重成】
【関連リンク】
「夏、19歳の肖像」の公式サイト
https://www.maxam.jp/19/