第682回 「妻の愛、娘の時」

「妻の愛、娘の時」 (C)2017 Beijing Hairun Pictures Co.,Ltd.
この映画は昨年11月の東京フィルメックスでオープニング作品に選ばれたシルヴィア・チャン監督の主演も兼ねた話題作(映画祭上映時は「相愛相親」)。
上映後のQ&Aの最後に林加奈子ディレクターが本作の日本国内での配給が未定であることを紹介し、配給する会社が現れるよう会場で呼びかけた。会場の客席にも同意を求めると割れるような拍手が沸き起こったことをつい昨日のことのように覚えている。

妻の定年祝いのメッセージカード選びと文面づくりを娘のウェイウェイ(ラン・ユエティン=左)に相談するシアオピン(ティエン・チュアンチュアン) (C)2017 Beijing Hairun Pictures Co.,Ltd.
この作品に感動し「いつか公開を」との思いを同じくした多くのファンと筆者も夢が実現した喜びを分かち合いたい。もちろんファンの思いをきちんと受け止めてくれた配給会社のスタッフの方には感謝の気持ちで一杯だ。
同じ作品を2度紹介することは滅多にないが、映画のタイトルも変わったので、昨年11月22日の本コラム649回「シルヴィア・チャンの『相愛相親』」に続いて再度ご紹介したい。
「過ぎゆく時の中で」や「恋人たちの食卓」など多くの香港・台湾映画に出演してきた大女優シルヴィア・チャンが父の墓をめぐる3世代の女性の異なった思いを、痛切に、かつユーモアを交えて描いた感動のドラマだ。

浮気を疑っていたフイイン(シルヴィア・チャン)はカードを見つけ夫にキスをしようとするが…… (C)2017 Beijing Hairun Pictures Co.,Ltd.
母の死を看取ったフイイン(シルヴィア・チャン)は、母を父と同じ墓に入れるため田舎にある父の墓を自宅近くの町に移そうとする。しかし父の最初の妻ツォン(ウー・イエンシュー)や彼女に同情する村人たちの激しい抵抗に遭い、騒動はテレビでも紹介されるほど時の話題になってしまう。フイインとツォン、それにフイインの娘ウェイウェイ(ラン・ユエティン)の世代の異なる3人の女性はそれぞれ自分の人生と、信じる愛の形を見つめ直していく。

娘のウェイウェイは歌手のアダー(ソン・ニンフォン)と結婚しようと家を出る (C)2017 Beijing Hairun Pictures Co.,Ltd.
今回、あらためて作品を見直し気付いたことがある。それは40年を超える女優や監督、脚本家としてのキャリアのすべてが見事に溶け合って、それが映画の様々なシーンに現れていることだ。
たとえば前半で田壮壮(ティエン・チュアンチュアン)演じるフイインの夫が、妻の定年記念のメッセージカード選びとその文面作りを娘に手伝ってもらうシーン。何気ない父娘のやり取りに見えるが、このカードが後々役に立つことになり、また妻と娘の関係が最悪になっても、父娘の細いつながりが家族の崩壊を防ぐ命綱にもなっていることだ。伏線が張られ、また絶妙なバランスがとられていることをうかがわせる。
同様に娘のウェイウェイから見れば祖父に当たる男性の最初の妻ツォンのところへ偶然通うことになったウェイウェイは義理の祖母ツォンとは険悪な関係の母に代って一人暮らしの老いたその女性の心をつかんでいく。孫娘のようなウェイウェイの優しさに触れてかたくなな心を緩めたのか、一緒に狭いベッドに横になった際の寝顔にはほんのりと笑みが浮かぶ。それは神々しいほどの笑みだった。
ほかの場面でも感じることだが、人を一面的には描かず、別の相手と組んだ際の姿を見せることでもう一つの顔を描く。これも或る意味伏線が張られたことになり、バランスをとったと言えるかもしれない。そしてこの作品のラストこそ最も美しいバランスがとられたと今は思う。

誤解や対話の先に安息の日は来るか (C)2017 Beijing Hairun Pictures Co.,Ltd.
シルヴィア・チャンは映画祭の際のQ&Aで脚本作りには4年をかけたと話していた。人間の愚かさと優しさが詰まった作品。映画を知り尽くしている彼女だからこそ描けた珠玉のヒューマンドラマだ。
「妻の愛、娘の時」は9月1日よりYEBISU GARDEN CINEMAにて公開
【紀平重成】
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「妻の愛、娘の時」の公式サイト
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