第690回 「まぼろしの市街戦」

ハートのキング
邦画、洋画を合わせ年間1000本以上の作品が日本公開される時代。選んで見ているつもりでも、「はて、似たようなお話の映画があったな」と思うことがある。中には先の展開まで予測できてしまう作品もあり、そんな時は何となく損をした気持ちにさせられる。しかし、これからご紹介する本作は類似する作品もなく、結末まで全く予測不能だった。
実はこの作品、フランスの名匠フィリップ・ド・ブロカ監督が1966年に制作し、今回4Kデジタル修復版として半世紀ぶりに復活したもの。全編にフランス映画ならではのエスプリが効いていて、ユーモアあふれる描写の中に戦争の愚かしさを憎む思いが込められている。

トランプゲームに興じる患者
第一次世界大戦の末期、形勢が不利になったドイツ軍は占拠したフランスの小さな街に大型時限爆弾を仕掛けて撤退する。イギリス軍の通信兵プランピックはいきなり専門外の爆弾解除を命じられ街に一人潜入する。逃げ去った住民の代わりにプランピックが街で見たものは精神科病院から解放され自由を得た患者と、同じく主のいなくなったサーカスの動物たちだった。

美しく侯爵夫人を装う
解放の喜びに浸り、お祭り騒ぎが繰り広げられる中、トランプ遊びをしていた患者たちに名前を聞かれたプランピックは手に持っていたカードを見て「ハートのキング」と名乗る。それを聞いて患者たちは「王様が戻ってきた」と大喜び。玉座に座らされて身動きもとれず、時間が刻々と過ぎていく中、爆弾解除の任務を一人負うプランピックは焦る気持ちを募らせる。
そんな彼の胸中も知らず、患者たちは王妃選びを始める。選ばれたのは美しい少女コクリコ。突如生まれたユートピア世界に興じる患者たちの姿を見てプランピックは爆弾発見を諦め、最後の数時間を彼らと共に過ごそうと死を決意するのだが……。

美少女コクリコ
住民が避難した後、無人の「解放区」を動物たちがわがもの顔でかっ歩するという図は東日本大震災で東電福島第一原発の放射能漏れ事故が起きた際に住民が避難した後の光景と驚くほどそっくりである。50年前にブロカ監督が想像した世界は、戦争と原発事故という端緒の違いはあるものの、皮肉にも現実世界に姿を変え再現してしまったと言えないだろうか。監督の想像力の豊かさに感心しないわけにはいかない。
この風変りな映画で問われているのは、街中でただ一人まともな人間として迫りくる悲劇を心配している通信兵が正常なのか、それとも争いなど全く関心を寄せず心から自由を楽しむ患者たちが正常なのかという点ではないだろうか。その解答はラストで提示されているように思う。ただしその解答は見る者によって違ってくるかもしれない。戦争を憎むかどうか、憎んでも防ぐことはできないと諦めるかどうか。確かに戦争の発端には偶発的な要素もあり、防ぐことの難しさは歴史が証明している。
そうだとすれば不断の努力で戦争の発生要因を一つ一つ取り除いていくしかない。とはいえ人を殺してはいけないという常識すら通用しない時代。そんな不安を抱える今だからこそ、半世紀前にブロカ監督が反戦の思いを込めたこの作品を見る価値は高まっていると言えるだろう。

パレードで盛り上がる
ブロカ監督は「カトマンズの男」「リオの男」等で知られる名匠で、本作は彼の代表作と言われる。主演は「恋する女たち」のアラン・ベイツ、そして美しいだけでなく妖精のような魅力を発揮するコクリコには「1000日のアン」「愛のメモリー」のジュヌヴィエーヴ・ビジョルドが扮しているほか、ジャン=クロード・ブリアリ、ピエール・ブラッスールらフランスの名優が脇を固めるなどフランス映画のオールドファンにはたまらない構成になっている。
「まぼろしの市街戦」は10月27日より新宿 K’s cinema ほか全国順次公開
【紀平 重成】
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