第693回「ムトゥ 踊るマハラジャ」

主演ミーナの「極楽浄土級」の笑み (C)1995/2018 KAVITHALAYAA PRODUCTIONS PVT LTD. & EDEN ENTERTAINMENT INC.
インド映画ファン待望のあの伝説映画がいよいよリバイバル公開される。配給のエデンさんによる宣伝コピーも一段と力が入り、「すべてはここからはじまった」「もっと凄い、もっと楽しい“ムトゥ”が帰ってくる!」とヒートアップする。
とりわけ感心したのは「かつてご覧になった方も、まだ観たことがない若い世代の方々にもご覧いただけますよう」の語句。たとえ観たことのある人でも今回は見逃せない作品ですよとの自負がしっかり込められているではないか。そこには二つの意味があると思う。
4K&5.1chステレオのデジタルリマスター版としてインドのスタジオで修復された作品は音も映像も見違えるほどクリアになり魅力をアップ。そこはまず強くアピールしたいところであるはずだ。そしてもう一つは1998年の日本公開時から20年を経ても変わらない本作の魅力を改めて噛みしめてほしいという願いなのではないだろうか。

これはもう「女神の踊り」 (C)1995/2018 KAVITHALAYAA PRODUCTIONS PVT LTD. & EDEN ENTERTAINMENT INC.
大地主ラージャーの屋敷で働く執事ムトゥは馬車の御者やボディーガードまでまかされ常時ラージャーと行動をともにしていた。ある日芝居好きのラージャーと出かけたムトゥは旅回り一座の女優ランガからからかわれたことに腹を立て仕返しをしようと向き合った途端、逆に恋に落ちてしまう。しかし主人のラージャーもランガに夢中。さらに、屋敷の乗っ取りを狙うラージャーの伯父の陰謀により、ムトゥは屋敷を追い出される。それを聞いたラージャーの母はムトゥの驚くべき出生の秘密を明らかにする。

馬車のムトゥ(ラジニカーント)とランガ(ミーナ)は「ベンハー」の馬車競技のように必死に逃げる (C)1995/2018 KAVITHALAYAA PRODUCTIONS PVT LTD. & EDEN ENTERTAINMENT INC.
確かに音と映像の修復は画面を明るくし、音響効果も上がって俳優の顔はクリアだし、全体に迫力を増している。しかしそれ以上に心を奪われるのは20年を経て今の価値観でいえば一見古く見えるものが、むしろ変わらぬ魅力をなお維持していることだ。
たとえば本作はラージャーの伯父が財産乗っ取りを狙う悪人で最後に懲らしめられるという典型的な勧善懲悪の世界を描く。そのスタイルは完璧な悪人などおらず悪人にも善意の心はあるとか、その逆に善人に見えても邪悪な心を併せ持つといった最近増えている勧善懲悪にまったく当てはまらない描き方とは一線を画している。現実世界がなお混とんとし映画に描かれるような分かりやすい勧善懲悪の世界とは程遠いからこそ、悪を懲らしめる展開は今なお古くて新しい表現方法として圧倒的に支持され続けているのだろう。

ラジニカーントによるこのキメのポーズ (C)1995/2018 KAVITHALAYAA PRODUCTIONS PVT LTD. & EDEN ENTERTAINMENT INC.
同じように嬉しければ歌と踊りで喜びを発散させるというインド映画の定番は観ていて無理が無いどころか、むしろ気持ちがいい。そして慣れれば慣れるほどそれが無いと物足りないと感じる。いわば「中毒」なのかもしれないが、美しいランガ役のミーナが首を左右に素早く動かしながら「楽しみましょ」とでも言うように大きな瞳でこちらに笑みを返してくるシーンが現れるたびに、ああこれは極楽映画だと感じ入るのである。
極楽を描くのだから笑いを絶やしてはいけない、と言わんばかりにコメディ要素も満載だ。恋文の書かれたメモ用紙が間違って別の人に渡ってしまい、それが順繰りに繰り返され大混乱に陥るといったユーモラスな場面は、あっ、この表現よく見かけるねと思われそうなギャグなのに、なぜかムトゥたちがやると面白さを増す。これも主演ラジニカーントの見えざる力なのだろうか。

ラストはやはりこの笑顔 (C)1995/2018 KAVITHALAYAA PRODUCTIONS PVT LTD. & EDEN ENTERTAINMENT INC.
初めてご覧になる方には驚きの連続かもしれないが、昨年後半から大ブームを起こした「バーフバリ」にも取り入れられたダイナミックな展開、キャラクターの魅力などヒットには欠かせない様々な要素が詰まっており、両者を比べて観るのも面白い。インド映画のこの20年の変化を感じ取ることができるかもしれない。
監督は南インド映画のヒットメーカーであるK.S.ラヴィクマール。
ラジニカーントには「ロボット」の続編として期待のかかる超大作「2.0」の世界同時公開が控えており、こちらも日本での公開が期待される。
「ムトゥ 踊るマハラジャ」は11月23日より新宿ピカデリーほか全国順次公開
【紀平 重成】
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