第694回「台北暮色」

記者会見に臨むホアン・シー監督(2018年10月31日、東京都渋谷区で筆者写す)
1年前の東京フィルメックスに「ジョニーは行方不明」のタイトルで上映された本作。その直後にアップした本コラム第650回「『ジョニーは行方不明』のホアン・シー監督に聞く」のラストで「これは日本公開するしかない!」と絶賛したことを覚えている。もちろん、その声にだけ応えてくれたというわけではないだろうが、多くの熱い声に励まされ配給会社が動いてくれたと信じたい。新しい邦題も映画の雰囲気をよく表していて気に入っている。

インコと遊ぶシュー(リマ・ジタン) (C)3H Productions Ltd
同じ作品を再度ご紹介するにあたって、なるべく昨年のインタビューとダブらないよう心がけたいが、今回の監督来日記者会見や試写会後のQ&Aで新たに仕入れた話も御紹介したい。
「ジョニーはそこにいますか?」という同じ男あての間違い電話を何度も受け、男のことが気になっていく女性シュー。車で生活する中年の男フォン。人と混じり合えない少年リー。台北で孤独に暮らす3人がシューのインコが逃げた時に探す手伝いをしたことで出会い、やがて彼女の思いがけない過去が明らかとなる。
映画の後半、高架下にできた水たまりを自転車に乗った少年リーが何度も行き来し、まるでそこをキャンバスのようにして美しい波紋を描いていく場面が印象的だった。
「このシーンは神様からの贈り物でした。晴れてほしいのに雨が降り、雨が降って欲しい時に降らない。そんな時、カメラマンのヤオ・ホンイーさんが待っていてもしょうがない、何かやらせたらと私に言いました。すると少年役のホアン・ユエンは自転車に乗って偶然そういう映像が生まれました」

フォン(クー・ユールン)は車の中が住まいだ (C)3H Productions Ltd
映画の成功はひとえにヒロインのリマ・ジタンをキャスティングできたことだと改めて思う。ところが適任者を見つけるのに難航したという。
「彼女は映画の中で人生の間違いをしてばかりいる女の子の役なんです。でも彼女の特徴というのはそれでも前に進んでいこうという前向きな力をずっと持ち続けているところ。そういう女優を探さなければならなかった。もともと台湾の女優っていうのは選択の範囲がそんなにないんです。で、いろいろと悩んでいたのですが、あるとき友人が、司会・MCをやっている彼女を紹介してくれた。ネットで見たらなかなか良いと思ったので2回彼女とコーヒーを飲んで、いろいろと話をして彼女しかないなと思いました」
このいきさつは昨年インタビューした際にも紹介しているが、今回監督は次のようなエピソードを新たに話してくれた。
「脚本を読んだ彼女がこう言ったんです。皆さんは占い師ですか? この役は私にピッタリ!」
それを聞いた監督が会心の笑みを浮かべたことは想像に難くない。筆者も昨年と今回の2回作品を見ているが、実際見れば見るほどリマの魅力が際立って来るのを感じる。それは演じる彼女の役と彼女自身が見事に重なり合っているからだろう。

少年のリー(ホアン・ユエン)は高架下の水たまりに美しい波紋を描いていく (C)3H Productions Ltd
今回、あらためて作品を見て感じたのはホアン・シー監督が描く台北の街や路地、鉄道、道路の美しさだ。師匠であるホウ・シャオシェン監督は「台北の現在の姿を描けたのは、『台北ストーリー』のエドワード・ヤン以来だ」と激賞しているが、それは映像センスが似ているというよりも、何気ない都市の風景の中に配置される人の暮らしがきちんと描けているということだろう。風景と人が見事におさまった時、景色は輝き出す。よくあるコンビニの窓辺が、高架下が、そして路地裏が……。
それにしてもホアン・シー監督が描く台北は明らかにホウ・シャオシェン監督の作品を思い出させる。鉄道が高架で交差する場面、駅のホームで主人公たちがすれ違うカット、家族以外の人も交え円卓を大勢で囲むシーン、そして長回しの映像。「資質は自分ではなく、ヤンに近い」とホウ監督は語っているが、師弟関係にある監督同士の作品は無意識にどこか似てくるのかもしれない。
この件では昨年のインタビューでホアン監督に聞いたことがある。こんなやり取りだった。
--私の受け止め方なんですけれども、何が起きようと人は何事もなかったように淡々と暮らしていく。監督はそういうことを描きたいのかなと思ったんですが。
ホアン監督「おっしゃる通りだと思います。その理解でとても正しいと思います。人間というのは日常の循環というのがとても大事で、どういう目にあったとしてもそこに戻ってくる。例えばこの映画のラストで男の子がエンドクレジットの後にまたワンシーン出てきますよね。あのシーンで彼がまた日常の生活に戻り床に横になっているというところ。あれも彼の日常に戻ったということを表現しています」

台北に夕景が広がっていく (C)3H Productions Ltd
--ホウ・シャオシェン監督の「悲情城市」も、一家の長男が殺されたり弟が軍隊から帰ってこないとか、そういうことがあっても暮らしは続くという。そこに共通点を感じたんです。
監督「それを言われるとはびっくりしました。皆さんはホウ監督の『ミレニアム・マンボ』を挙げて比較してくるんです。なぜかと言うと、表面的に似ているから。映像的に」
--走ったりだとかですね。
監督「それは表面的なことしかみんな見ていないと思うんだけれども、私が伝えたいメッセージというのはもっと中身の部分で。そこに共通点があると言ってくれたのはサプライズでした」
孤独で明日のことなど考える余裕もなかった3人。暮れなずむ夕景の中で人が心をつなげていく。淡々と生きる3人がいる。
「台北暮色」は11月24日よりユーロスペースほか全国順次公開
【紀平 重成】