第703回 「金子文子と朴烈」
すごい女優が現れたなというのが第一印象。そして緊張が続く最近の日韓関係を見るにつけ、あらためて歴史を学び、互いの国民感情を知り合うことが極めて大事だと考えた。本作は両国民が今なお抱える多くのわだかまりを取り除いていくのにふさわしい心揺さぶる作品である。
「王の男」で1200万人の観客動員を果たすなど歴史に材を取った作品を得意とする韓国のイ・ジュンイク監督が舞台を大正、昭和の日本に求め、無政府主義者の朴烈と彼を同志として慕う日本人女性金子文子の運命的出会いによる愛と闘いを描いた。
1923年。関東大震災後の混乱の中、「朝鮮人が暴動を起こしている」というデマが広がり、朝鮮人や中国人を狙っての虐殺が起きる。政府は不安を鎮めるため朝鮮人や社会主義者らを次々と拘束し、一緒に暮らし始めた朴烈と金子文子も獄中に送り込まれる。どん底の暮らししか知らない2人は社会を変え、自らの誇りのために国家を揺るがす歴史的な裁判に身を投じていく。
作品の見どころは金子文子と朴烈が同志として固く結ばれていく展開だ。朴が22年に発表した「犬ころ」という詩に共感した金子文子は彼の強い精神力と孤独な心にひかれ、初めて会った日に一緒に暮らすことを提案する。
彼女が朴と交わした約束は以下の三つだ。
その一、同志として同棲すること。
その二、私が女性であるという観念を取り除くこと。
その三、一方が思想的に堕落して権力者と手を結んだ場合には、直ちに共同生活を解消すること。
出会いも鮮烈なら、獄中の2人が精神的な結びつきをさらに強めていく様子も見ごたえがある。取調官による尋問に文子が「朴烈は何と言っているの」と尋ね、答えを聞いて「彼がそう言っているのなら私も同じ」と供述する場面がある。獄中にあっても互いの信頼はビクともしないことを示しているのだろう。また厳しい尋問が2人の結びつきを強めているようにも見えるし、2人が同じ意図のもとに取調官からの尋問を誘導し自分たちの意志の強さを日本政府に突きつけているとも言える。
そもそも朴らは爆弾入手を計画したとして拘束されたのに、長い取り調べの後、皇太子暗殺を謀ったとして大逆罪で起訴されている。映画の描き方は、朴らが自ら進んで罪の重い大逆罪を呼び込み裁判を思想闘争の場にしたというもので、双方に「誘導」の意図があったという扱いになっている。
イ・ジュンイク監督は制作の意図を次のように語っている。「アナキストである朴烈の人生は民族主義者の生き方とは大きく違います。彼は人間対人間という視点に基づいた価値観を持っていましたから、本作も“悪の日本、善の朝鮮”という二項対立の思考で描きたくなかったのです。朴烈の世界観、社会観、国家観は現代社会に通じるものだと思います」
ヘイトスピーチが横行し、民族主義がぶつかり合う100年後の現状に金子文子と朴烈はどんな感想を述べるだろうか。逆にいえば100年も前に自立した女性として行動した金子文子とそれを理解した朴烈の2人が生み出した輝きは今こそ求められているものではないか。同棲を申し出た金子文子を演じるチェ・ヒソの自由でチャーミングな笑顔。それを好ましく見つめる朴烈を演じるイ・ジェフンのカリスマ性。共に熱演を超えて、その人に成りきった演技は圧巻だ。稀に見るラブストーリーの誕生である。
「金子文子と朴烈」は2月16日よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開【紀平重成】