第707回 「芳華 Youth」

「中国のスピルバーグ」の異名もあるフォン・シャオガン監督の最新娯楽大作がいよいよ日本公開される。観客を楽しませるためには、とことん知恵も絞ればお金もかけるという職人肌のスタイルは健在で、今作にも「共感した」「泣ける」という称賛の声が寄せられることだろう。

多くの中国人を動乱の10年間に巻き込んだ文化大革命が終了する1976年、夢と希望を胸に秘めた17歳のシャオピンはダンスの才能を認められ、兵士たちを慰労し鼓舞する文芸工作団(文工団)に入団する。実父が労働改造所に収容されていることを誰にも言えず、しかも農村出身で周囲となじめない彼女にとって唯一の支えは誠実な模範兵のリウ・フォンだった。しかし、ある事件をきっかけに、2人は過酷な運命に翻弄されていく。

この作品の最大の魅力は約20年にわたる時の流れを軸にして、文工団の若者たちがひたむきに生きる青春群像劇を華麗で生命力あふれるダンスと心に響く音楽でより艶やかに魅せている点だろう。
20歳の時に文工団に所属したことのあるフォン・シャオガン監督がインタビュー(パンフレット記載)でこう答えている。
「実際に私が体験した文工団の生活とは異なる要素を探りました。つまり私の過去の生活の素晴らしい記憶を拡大しようとしたのです」
その意味するところは、文工団は自身の思い出として十分に輝いているが、もっと輝かしい理想の文工団を映画で作ってみたい。それが実現すれば思い出の文工団はさらに輝かしく見えるのではと監督は考えたのかもしれない。そしてこう続ける。
「私たちは文工団の舞台を再現するために3500万人民元(5億7000万円)も投じました。文工団の準備ができて、リハーサルホールで、バンドの音楽を聴き、俳優たちのリハーサルシーンを見たとき、私は記憶の中の文工団に帰った気がしました。なんと満足な体験! 監督として素晴らしいことでした!」

「戦場のレクイエム」で激しい戦闘シーンを撮ったことのあるフォン監督が、今作の対ベトナムの戦争場面でも生々しく迫力ある映像シーンを作り上げている。この凄惨な場面を含め戦争シーンは1億1000万円をかけたのに、文工団の舞台の再現には実に5億7000万円もかけたという。いかに記憶の舞台再現に監督が入れ込んでいたかがわかる。
フォン監督は「貴重な青春を文工団の宣伝活動に捧げた」とも語っているが、そこまで団への思い入れが強いのは、「あの青春を振り返りたい」と思っても、それは40年以上の年月を経て社会が変わりすぎ、今や自分の頭の中にしか存在しないからであろうか。
監督と事情が似通っているのは「シュウシュウの季節」「思い出の家路」の原作者で本作の原作と脚本も書いたゲリン・ヤンだ。監督とは同じ還暦世代の彼女も文工団を体験しており、今回の映画化に当たって2人は大いに盛り上がったことだろう。なぜなら本作で描かれたことはそのまま自身の失われた「故郷」へのセンチメンタルジャーニーにほかならないからである。
人は辛い体験をそのままでは耐えられないので実際よりも美化して記憶する傾向があるのではないか。そうだとすればフォン監督たちが手を携え作り上げた文工団の物語も多少のほろ苦さはあってもどこか甘みの残る思い出の場所となる。劇中で団員たちがカセットテープから流れるテレサ・テンの歌声を初めて聴いた時のように。「本当にいい曲だ。歌詞が心にしみるよ」
後年、主人公の2人がこの曲をもう一度聴いたときに思い出すのは何だろう。

ヒロインのシャオピンを演じるのは、純粋でまっすぐな眼差しが印象的な新星ミャオ・ミャオ。その他の女優たちも容姿端麗で宝塚歌劇団のように女優が妍(けん)を競う作品。そのシャオピンが一途な想いを寄せるリウ・フォンを演じるのは「空海―KU-KAI― 美しき王妃の謎」で白楽天を演じたホアン・シュエン。 彼は「ブラインド・マッサージ」でも目の不自由な青年を印象深く演じている。
「芳華 Youth」は4月12日より新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
【紀平重成】