第710回 「ペガサス/飛馳人生」

中国のベストセラー作家で、米タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれたこともあるハン・ハン監督が放つカーレースの世界を舞台にした大ヒット作品。春節興行から間もない異例の早期日本公開も話題だが、娯楽の要素てんこ盛りの中に垣間見える「ヒーロー(中国)は不死身」とでも言うような国力増強への揺るぎのない自信もまた印象的だ。
この作品の見どころは?と聞かれれば「全部」と答えたくなるほど映画の娯楽的要素が詰まっている。ラリーを知らない人でも存分に楽しめる大迫力の映像。そこに男たちのプライドをかけた復活のドラマが丁寧に盛り込まれる。そして随所に散りばめられた笑いもドラマの進行をテンポよく弾ませる。日本の正月に当たる春節興行にふさわしい作品に仕上がっているのである。

かつてカーレースのスーパースターだったチャン・チー(シェン・トン)は、事件に巻き込まれて逮捕され、家も車もトロフィーも手放してしまう。残されたのはかつてのくたびれたレーシングスーツと、人気絶頂の時に車の上に置き去りにされていた赤ん坊だけ。今や露天商として生きるチャンは、物心のついた息子に「俺はカーレースのチャンピオンだ」というのが口ぐせだった。
出場禁止の5年間を経てレースへの思いが今なお断ち切れないチャンは、自身が不在の間に頭角を現した若き天才レーサーのリン・ジェントン(ホアン・ジンユー)に挑戦するという欲望を抑えきれず、ナビゲーターやメカニックらかつてのチームスタッフを呼び戻そうとする。だが金も車も、そして夢さえ持てない彼らにとってレースへの出場は不可能なことのように思われた。

この展開、何となくチャウ・シンチー監督の「少林サッカー」に似ていないだろうか。人生に敗れたダメ男たちの復活ドラマである。「少林サッカー」は様々な障害を乗り越えて男たちが頂点に立つまでをドラマチックに描いていくのだが、本作の場合、その結果は明確に描かれず、見る者の自由に任されているのである。勝敗の結果は描かない代わりに「ヒーローは不死身」という大事なメッセージを作品に込めるため、ある別の映画のシーンと重ね合わせて描こうとしているように思える。
別の作品というのは「バック・トゥー・ザ・フューチャー」だ。シリーズ第1作のラストで登場した空飛ぶ車デロリアンを彷彿とさせる車が本作のラストでも一瞬見ることができる。結果的に本作は二つの作品へのオマージュであり、また自ら描こうとする内容を側面からサポートする材料として逆に2作品のイメージを利用した形だ。

映画の中で、苦労の末に再現した名車がトラブルに巻き込まれて使い物にならずレース参加を断念した時、ライバルのリン・ジェントンがチャンにこういう場面がある。「この5年で何が変わったと思う? あんたのいない時代に技術が飛躍的に進歩した。不可能が可能になるんだ」。これはもちろんカーレースの世界のことを話しているのだが、聞きようによっては、まるで今の中国の激変ぶりと未来への自信を反映しているようにも見える。中国がいま国の大方針として世界に参加を呼び掛けている「一帯一路」構想にも重なると言ったら、それはうがちすぎといわれるだろうか。

今から30年以上も前に「バック・トゥー・ザ・フューチャー」シリーズが作られた当時は夢物語だった空飛ぶ車が今や現実のものになろうとする現代。同様に世界第2の経済大国に躍進することなど多くの人から想像されもしなかった中国が驚異的経済成長をとげただけでなく、夢の空飛ぶ車作りでも先頭グループを走っているのだ。映画を見て「ヒーロー(中国)は不死身」を実感するのである。
「ペガサス/飛馳人生」は5月3日よりTOHOシネマズ 日比谷ほかにて順次公開
【紀平重成】