第717回 「SANJU/サンジュ」
このコラムの冒頭に掲げた「SANJU/サンジュ」のチラシ写真を初めて見たとき、映画は主演のランビール・カプールを含む5人の男たちの話かと一瞬思った。だがよく見れば男たちはどことなく似ている。そこでようやく5人は同一人物で、ランビール・カプール演じる実在の俳優サンジャイ・ダットの栄光と没落の激動人生を鮮烈にアピールする合成写真だと気づいた。
それにしても5人のたたずまいのなんと異なることか。年齢も親子以上に開きがあるように見えるし職業や心理状態もまったく別人風。この写真を見るだけでインドの国民的スターともてはやされた男がジェットコースターを猛烈なスピードで駆け巡るような激しい浮き沈み人生を送ったことがうかがえる。彼の分身を見事に演じ分けたランビール・カプールの熱気が伝わってくる。
「サンジュ」の愛称で今なお親しまれるサンジャイ・ダット。父は俳優、監督で、のちに国会議員になるスニール・ダット。母も国会議員になったかつてのトップ女優ナルギスというまさにインド映画の名門一家で生まれ育った。
スターの子として育つことの功罪は国を選ばないようで、25歳で主演デビューを果たすといきなり大ヒットを放ち続けトップスターに躍り出る。その一方で、重圧に耐え切れずドラッグに手を出し、さらに悲劇や試練が押し寄せる。最愛の母の死や恋人との別れ、銃不法所持での逮捕、テロ関与の冤罪……。とうとう刑務所暮らしになったサンジャイだったが、薬を断ち冤罪を克服し何度も立ち上がって行く。
「きっと、うまくいく」「PK」の大ヒット作品を連発したラージクマール・ヒラニ監督は2時間39分に及ぶ本作を、父と息子の愛情物語と親友カムレーシュとの友情物語の二つにしぼって見せている。
パレーシュ・ラーワル演じる父のスニール・ダットは息子への期待が大きいだけに、厳しく当たるが、何度裏切られても息子を信頼し続ける。一方、ランビール・カプール演じる息子は自身の弱さを認めつつ父の愛に応えられない自分を責め続ける。
そんな親子から信頼されるのは一時の仲たがいを乗り越えて生涯の友となるカムレーシュ
(ヴィッキー・コウシャル )だ。ルックスの良さに加え脚本の妙も重なりおいしい場面で存在感をアピールすることに成功。インド版アカデミー賞の助演男優賞に輝いている。
父と友人との愛や友情に加え、もう一つ紹介しておきたいのは母ナルギス(マニーシャー・コイララ)との愛である。ドラッグから抜け出せず母が亡くなった悲しみからも立ち直れない時に幻影の母と踊る場面は、母役のマニーシャー・コイララの慈愛に満ちた表情も素晴らしく、また幸福感にあふれ圧巻である。
ラージクマール・ヒラニ監督は作品ごとにテーマを盛り込むことで知られる。「きっと、うまくいく」では教育、競争社会を、「PK」では宗教、そして本作ではドラッグやテロ、フェイクニュースだ。たとえばサンジャイがテロに関与したと報じる新聞。ニュース元を「情報筋」と表記する手法は我が国の「政府高官」を思い起こさせるし、確証がなくても見出しの最後に「?」を入れればニュースで通ってしまう。
この手の報道に手を焼き開き直ったサンジャイはある有効な反撃を試みるのだが、それは見てのお楽しみだ。
豪華キャストによる競演や事実をベースにした展開など見どころは多いが、監督からの最大のサービスはラストで当のサンジャイ・ダットが彼を演じたランビール・カプールと並んでダンスを踊るというシーン。劇中の人物が画面に飛び込んできたような驚きと貴重な映像に触れているという喜びを味わうことができる。
「SANJU/サンジュ」は6月15日より新宿武蔵野館ほか順次公開
【紀平重成】