第723回「シークレット・スーパースター」

14歳の少女がインド最大の音楽賞のステージで歌うという夢を持つ。才能は申し分なし。しかも押し寄せる障害を次々と乗り越えて行くのでとにかく面白い。それでもありきたりのサクセスストーリーで終わらないところに脚本も書いたアドヴェイト・チャンダン監督のセンスが光るのである。
まず導入部分から素晴らしい。列車内のひと時。ヒロインのインシア(ザイラー・ワシーム)がギターを奏でながら「夢よ 夢よ 私の夢よ いつの日か かないますように」と歌い上げる。その抑制の取れた柔らかな声に、居合わせたクラスメイトや他の乗客までがうっとりと聞き惚れるのだ。もうこれだけで「きっと奇跡が起きるに違いない」と、そんな期待で胸が膨らむのである。

歌手を夢見るインシアはギターを弾き、自分で曲を作っていた。母親(メヘル・ヴィジュ)に恒常的に暴力をふるう父からは「叶わない夢にうつつを抜かすな」と歌を禁じられていたが、母はインシアを応援し父に内緒でノートパソコンを買い与える。そこでインシアはブルカで顔を隠しYouTubeで自分の歌う姿をアップする。すると動画はたちまち話題になり、「シークレット・スーパースター誕生!」ともてはやされる。しかしそれが父にバレ、ギターを使えなくされたため投げやりとなった彼女は大事なノートパソコンを壊してしまう。そんな時インシアは落ち目の音楽プロデューサー、シャクティ・クマール(アーミル・カーン)に出会うのだが……。
自分を世に送り出したのもYouTubeなら、父親に気づかれるきっかけもそうだし、さらに敏腕プロデューサーの目に留まったのも同じYouTubeというのが、いかにも今風である。それを巧みに取り込んだ脚本のうまさを、まず挙げることができる。

またインシアが実は頼りにしている親友のチンタンに自身のサイト更新ができないことをお詫びするメッセージを書き込むよう依頼する場面がいい。作業の代行を承諾した彼から「パスワードは?」と聞かれ突然彼女が顔を赤くする場面。観客は一瞬「?」となるが、インシアが男の子の手を引き寄せ、手のひらに書く文字とは? クラスの仲間が見ている中で恥ずかしさに耐えながらの作業のなんと初々しいことか。こんな形で愛を告げる方法もあるのかと感心する。
一方、夫からの暴力に苦しむ母親を助けたくてインシアが選んだ「奇策」もまた素晴らしい。物語の帰趨を決める大事なポイントなので、その詳細についてはぜひとも作品で確認されたい。

そしてもう一つ脚本の良さを挙げるなら、今回は準主演とプロデューサーを兼ねたアーミル・カーンがどの出演作でも第一級のエンターテインメントでありつつ、作品に必ず社会的なメッセージを入れていることも指摘しておきたい。「きっと、うまくいく」は教育問題や効率優先社会、「PK」は宗教問題、「ダンガル きっと、つよくなる」では男女差別という風に。
とくに今作では「子供たちに自分の夢を守る権利があることを教えてくれる」と作品に込めたメッセージを語っている。家庭内暴力や女性の自立など社会問題に切り込みつつ娯楽映画としても堪能できる作品。「ダンガル きっと、つよくなる」でファンの心をわしづかみにしたアーミル・カーンとザイラー・ワシームの黄金コンビが再び観客をとりこにするだろう。
母親役のメヘル・ヴィジュは大ヒット作「バジュランギおじさんと、小さな迷子」で少女の母親役を演じたので見覚えのある方もいるだろう。今作でも古い価値観に縛られた家庭内暴力の被害者から娘の夢を応援するため芯の強い母親に変身していく様子を熱演している。

最初に出てくる歌の歌詞のように果たしてインシアは自分の夢をかなえることができるのか。またインド社会は変わっていくのか。壮大な夢物語を見続けていこう。
「シークレット・スーパースター」は8月9日より新宿ピカデリーほか全国順次公開
【紀平重成】