第725回「彦六で何かが起きてる」
インド映画のブームが続いている。でもこれからご紹介するのは、アーミル・カーンやディーピカー・パードゥコーンのような超有名俳優が出演する最新作ではない。「主演」はテレビ画面の近くに立ち物語の進行に寄り添っていく案内人と紹介しておこう。たとえば英語字幕を日本語に置き換えながら、登場人物に突っ込みを入れたり、手際のいい解説を挟み込んでいく。まさにインド映画専門の「活動弁士」なのだ。本来は裏方として俳優の演技を引き立てる立場にある弁士だが、その当意即妙のトークにスポットライトを当ててみると……。
この弁士は東京都国分寺市で「大陸バー 彦六」を経営する織田島高俊さん。家業である酒屋の飲食部門代表だ。日頃は若いころにアジアを放浪して覚えたエスニック風料理を出し、休日は好きなインド映画を見たり得意のウクレレを練習する。時には映画上映に演奏と食事をセットにしたイベントも企画する。6月に開催した「お茶の間ボリウッド〜インド映画団欒会」もその一つだ。
会場を覗いてみた。この日の上映作品は2004年の東京国際映画祭でも上映された「何かが起きてる」(1998年、原題 Kuch Kuch Hota Hai)。シャー・ルク・カーンとカジョールによる初恋再婚物語だ。ラフール(シャー・ルク・カーン)は学生結婚した妻ティナ(ラーニー・ムカルジー)を病で失って8年。娘のアンジェリ(サナー・サイード)は母の遺言に従い、自分と同じ名前で父が本当に慕い合っていたアンジェリ(カジョール)を探し出すが、彼女にはフィアンセ(サルマン・カーン)がいて、しかも結婚式を目前に控えていた。
困難な障害を乗り越えて愛し合う二人が結ばれるというお話はボリウッドと言わず世界共通のヒット作の条件だ。しかしインド映画の強みは、困難な事態が次々と押し寄せるというアップダウンの激しい展開に加え、もどかしい思いをダンスの動きや歌に重ね合わせてたっぷりと描くところに特徴がある。そんな土壌のあるところで、作品を知り尽くした織田島さん(筆者の質問には「Kuch Kuch Hota Hai ? 100回までは見ていないけど……」と証言)がツボを心得た一言を挟むだけで会場は爆笑に包まれ、気が付けば大団円に向かって観客の思いが一つになっていくのを実感する。こんな見方があってもいい。
そう思ったのは、鑑賞後の観客の動きを見たからである。普通は「エンドロールを見たから帰ります」となるのに、ほとんどの観客は帰らない。それどころか椅子を適当に動かし輪を囲むように坐って、たった今見たばかりの作品の感想を初対面の人たちに語り始めたのだ。「ここで一緒に映画を見れば、もう友達」というようなノリである。また酒屋で買ったお酒をその場で飲める「角打ち」スタイルの店だからこそ、いち早く上映後の「延長戦」を楽しむことができるというわけである。
作品を見るための手助けになっているのが、当日に配布されるオリジナルの日本語解説書。登場人物を描き下ろしのイラスト付きでまとめている。
さて織田島さんがインド映画に関わるようになったのは、30年前の初インド旅行で初めて見たインド映画がきっかけだ。のちに「スラムドッグ$ミリオネア」で司会者を演じ日本でもお馴染みになるアニル・カプールの若き日の代表作で、彼の出演作をすべて見ているうちにハマってしまったという。
これまで団欒会で上映された作品は「DISCO DANCER」(1982年)、「MR.INDIA」(87年)、「勇者よ花嫁を連れて行け」(95年、原題 Dilwale Dulhania Le Jayenge)、「Kuch Kuch Hota Hai」(98年)といずれも80、90年代にインドでヒットした作品ばかりだ。旧作が多いのはインド映画が現在のように海外でも評価される大ヒット作品がどんどん出てきた時代で、魅力的な作品がそろっているからだ。
織田島さんは団欒会が好評だったことから次の上映会を予定している。 作品は1982年に公開された「DISCO DANCER」。インドB級映画の傑作で、80年代前半に起きた世界的なディスコブームを大胆に改編した勧善懲悪ストーリー。
織田島さん作成のあらすじは以下の通り。
ディスコ界に彗星の如く現れたスーパースター、ジミー。人気を奪われた性悪なライバルは、彼を失墜させるために手段を選ばず、ジミーに大怪我を負わせた上、母の命を奪った。失意のジミーは立ち直れるのか? 敵への復讐に炎を燃やせジミー!
映画には「I Am A Disco Dancer」や「Auva Auva Koi Yahan Nache」「Jimmy Jimmy Aaja」といったオリエンタル・ディスコナンバーが入っていて、ついついリズムをとってしまいそうだ。
さあ、彦六で何かが起きてる。
【紀平重成】
「大陸バー 彦六(織田島酒店)」
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