第727回「ヒンディー・ミディアム」

わが子を少しでも良い学校に入れたい。そう思う親の気持ちは痛いほどよくわかる。本作はインドで過熱するお受験事情を笑いと涙タップリに描いたヒューマンドラマだ。そして観客は我が国と似通った実情に驚き、主人公たちがたどり着く結末に理解を示すかもしれない。

デリーの下町で洋品店を営むラージ・バトラ(イルファーン・カーン)は仕事熱心だが英語を話すことができない。一方、妻のミータ(サバー・カマル)は教育熱心で娘を進学校に入れることを考えている。ところが親の教育水準や居住地までが合否に影響することを知り、にわかに身なりを改め高級住宅地へ引っ越すが、その努力も甲斐なく受験の結果は全滅。落胆する2人は有名進学校が低所得者層向け優先枠を設けているという話に飛び付き、今度は貧民街に引っ越すが……。
さすがに受験のため貧民街に引っ越したという事例は我が国では聞かないが、それでも有名進学校への越境入学や受験資格を得るための一家移住等は話題に上る。果ては子供の留学に合わせ、働きバチの夫を単身残留させてのアメリカやカナダへの母子移住も東アジア共通の現象といえる。子のためなら多少の犠牲は仕方がないということなのだろうか。

日本とよく似ているなと感じたのは娘の合格祈願のため本来の宗派に関係なく手あたり次第に寺院を回り「娘を合格させてほしい」と願掛けする両親の健気な姿である。これも日本人がご利益のありそうなお寺や神社を次々に回って拝むのとそっくりで、子を思う親の気持ちは万国共通だなと親近感がわく。
そして「娘さんは出遅れています!」と受験コンサルタントから宣告されるシーンも受験競争の激しさを具体的に感じられ身につまされるのである。
このように本作品の強みはサケート・チョードリー監督がインドで過熱するお受験事情を多少の誇張も交えながらリアルに再現しているからであろう。

監督の視点がもう一つ優れているのは、インドの格差社会をコメディータッチながらしっかり描いている点だ。ミドルクラスといえるバトラ夫妻が娘の受験のためとはいえ慣れ親しんだ下町から高級住宅地、さらに貧民街へと移り住むたびに住まいや身なり、日常話す言葉まで劇的に変わっていく姿は象徴的。
とくに高級住宅地の住人は主に英語を話す機会が多く、インドでは英語の運用能力が社会的な階層を示す記号になっていることがうかがえる。そういえば「マダム・イン・ニューヨーク」でも主婦のシャシ(シュリデヴィ)が英語コンプレックスをはねのけて女性としての誇りと自信を取り戻していく姿は感動的だった。それはすなわち英語運用能力が経済的にも社会的にもステータスの高さを約束してくれる実情を表しているといえないだろうか。だからこそ英語での授業が基本となる進学校がもてはやされる理由にもなっている。
さて、物語は夫婦そろっての涙ぐましい努力が実り何とか娘の合格を勝ち取るのだが、良心のとがめを感じたことから小さなほころびが広がり……と後半はしんみりさせられる。

「スラムドッグ$ミリオネア」「めぐり逢わせのお弁当」のイルファーン・カーンが本作では娘思いだが善良でドジな父親を好演。ヒステリー気味の妻役をパキスタンのトップ女優でインド映画初出演となるサバー・カマルが熱演している。また「あなたの名前を呼べたなら」のティロタマ・ショームが受験産業のちょっと嫌味な凄腕コンサルタントを演じ、同作品とはまったく違う姿を見せている。
本作品はインドと同様に教育の過熱が進む中国でも上映され興行収入33億円を記録。これで自信を得たのか早くも続編が来春インドで公開されるという。こちらの日本公開も待たれる。