第744回「プロジェクト・グーテンベルク 贋札王」

同じ作品を再び見たとき、映画の評価が初めての時とガラリと変わることはたまにある。たとえば一昨年の東京国際映画祭で上映された本作のような場合である。日本公開まで1年以上空き、内容もタイでの派手な銃撃戦ぐらいしかよく覚えていない。なので「ウーン、ド派手な銃撃戦にお金をつぎ込んで、ああもったいない」だった。ところが2度目に見た今回は、「滅茶苦茶おもしろかった。遊び心満載でサイコー!」と評価を大きく上げたのである。初見で面白さを理解できなかったのは反省材料だが、なぜ評価が分かれたのか。

まず作品の良い点を挙げれば「お帰りなさい、發仔(ファッチャイ)」という声がネットであふれるほど彼の笑顔が素敵なのだ。長い足もスラっと伸び、年を感じさせない。偽札製造集団のドンで画家役の彼の存在自体がもう「太陽」のように輝いている。
対照的なのがもう一人の主役であるアーロン・クオックふんする天才贋作者。強気の画家が目の前で繰り広げる暴力沙汰に、終始おびえる繊細な心の持ち主。どちらかと言えば日影的な役回りなのである。この光と影というイメージの異なる二人が絡み合うことでドラマにリズムが生まれる。

また前半は偽札づくりの工程をじっくりと見せる一方、後半はアクションに次ぐアクション。ラスト15分は二転三転する予測不能の急展開で、この見せ方の2部構成も成功している。
監督自ら「見逃がせないのは偽札づくりの工程」と言っているように、紙選びからインクや透かしの技術まで、偽札犯でなくても興味を惹かれるようなこだわりが随所に見られる。映画の中でプロ集団を作り上げたという自負があるのだろう。「何事も極めれば芸術。心を込めれば、偽物は本物に勝る」と劇中で画家にも語らせている。「偽物の美学」ということだろうか。いつの間にか観客はこの“悪事”が成功してほしいという気持になっているのだ。
この作品のいいところは、正義がどうのこうのと振りかざしたりせず、堂々と「悪」を楽しむ姿勢が分かりやすく魅力にもなっているのだろう。そのためには手段を選ばない。偽札用の紙が必要なら白昼であろうと歯向かうものを殺し強奪するのだ。その手際の良さに、これをまねて偽札を作るグループが出てこないか?と心配になるほどである。

ワルを極めていくことに手ごたえを感じたのか、脚本も兼ねたフェリックス・チョン監督は「何が本当で、何がウソかを見抜くことができるのか?を試してみては」と観客を挑発する。映画には様々な伏線が仕込まれており、それを回収していくことで「香港映画の醍醐味を再発見できるでしょう」と開き直っている。
だが、こんな楽しみ方も伏線に気づき作品の面白さを理解しなければ回収はおぼつかない。筆者は2回見ても分からないところが残った。それが1回目に感じた評価のマイナス点と重なる。監督の挑発に乗って、あなたも“真実探し”に挑んではいかがだろうか。

さて出演陣は最近の中国、香港合作作品にのっとり台湾も加えた中国語圏の豪華な顔ぶれがそろった。ホウ・シャオシェン監督作の常連ジャック・カオがやや貫禄が付き過ぎた感はあるものの、お気に入りのチャン・ジンチューも大事な役どころを得て妖艶なる存在感を発揮している。
監督の言う「ミステリー色の強いアクション映画」というコンセプトにラブストーリー色も加わった本作は、香港と中国で興行記録を更新し、昨年の香港電影金像奨で作品、監督賞など7部門で受賞した。亜州影帝チョウ・ユンファと香港四大天王アーロン・クオック 。日本での存在感を再び高めることができるだろうか。
【紀平重成】