第747回「恋恋豆花」

ホウ・シャオシェン監督の名作『恋恋風塵』を思い起こすようなタイトル。では台湾映画?と早合点される方もいそうだが、『アイコ十六歳』などの作品で知られる今関あきよし監督による日台合作映画だ。
ロケの大半が台湾で行われた。見た目は大学で人間関係に行き詰った女性による自分探しのロードムービーだが、おいしいスイーツを食べ歩くなど台湾観光の最新事情を紹介しつつ、様々な出会いから主人公が癒しを得て元気を取り戻していく、ほっこり感あふれる作品でもある。気が付いてみれば、受け身だった彼女が自分で考え行動する女性へとシフトしているのが印象的だ。

大学生の奈央(モトーラ世理奈)は学校での人間関係や恋愛が面倒になり退学も考えていた。そんな娘の事情を知ってか知らずか、なんと父博一(利重剛)が提案したのは彼が3度目の結婚を予定している綾(大島葉子)と台湾旅行に行って来たらどうかというもの。よく知らない、しかも義母となりそうな女性との二人だけの旅行に奈央は不安と不満を募らせている。
なんだか一波乱起きそうな雲行きだが、せっかくだから思い切り楽しもうと切り替える奈央が健気。そんな奈央の気分をもりたてようと綾はいま台湾で評判のスイーツや料理を味わうことができる店を次々と探し出して案内する。映画のタイトルにもなった台湾スイーツ「豆花」(ドゥファ)をはしごして回るうちに奈央の表情から暗い影は消え去ったように見えるのだが……。

豆花は、豆乳を凝固させたゼリー状のもので、フルフルした食感とほのかな甘みが溶け合った中に落花生や白玉団子、タピオカ、フルーツなどをトッピングして“華”(はな)を競う台湾スイーツの王様。地域や店によって味や具が異なるところも魅力で、一度体験すると病みつきになる。映画の中でも奈央がとろけるような表情を浮かべる場面が何度も出てくる。
真央は徐々に心が解き放たれていくのを感じるのだろう。綾が『千と千尋の神隠し』のモデルになったと言われる九分の歓楽街ではしゃいでいると、『千と千尋の神隠し』の中で千尋の両親が魔女に豚にされる話を思い出し「豚になれ、エイっ」「そしたら置いていくから」と手にした人形に語らせる。セリフは強烈だが、人形が彼女の本心を代弁することでトゲは幾分和らいで見える。
ほかのシーンでもベッドが一つしかないホテルの部屋に案内され、さっさと部屋に入っていく綾の背中に「何ですか、これは。無理なんですけど」と内心を語る。深刻な気分もこう語らせることで軽やかに乗り越えていく。

作品から感じられるのは父と娘、あるいは義理の母となるかもしれない年上の女性と娘の相互の葛藤と信頼感だ。こういう構成を考えた監督自身の人間に対する「人はみんな違っていい」とでもいうような信頼感があるからだろう。変な人は出てくるかも知れないが、悪い人は出てこない。
たとえば出てくるのは世界を放浪する日本人のバックパッカーや日台ハーフの歌手、フレンドリーな台湾人俳優たちである。悪人が出てこないのが物足りないという見方もあるかもしれないが、実際に台湾で出会う人たちは穏やかな人が多い。作品を見ている間に台湾の美味しい店を知り、台湾が好きになって、ちょっぴり元気をもらえるポップで可愛い作品があってもいい。本作は軽やかな音楽を聴きながらスキップしたくなる作品だ。

モデルとして注目を集めるモトーラ世理奈が主演を務め、物憂いな気分を上手に出している。また屈託のない綾を『ヘヴンズ ストーリー』の大島葉子、日本人バックパッカーの清太郎を『DIVE!!』の椎名鯛造がそれぞれ演じる。そして『若葉のころ』などで知られる台湾の人気俳優シー・チーティエンが本人役で特別出演。個性を生かしたキャスティングが成功している。さらにヴィッキー・パン・ズーミン(潘之敏)も『河豚』とは異なるキャラクターだが印象に残る演技を見せている。
『恋恋豆花』は 2月22日より新宿ケイズシネマほか全国順次公開
【紀平重成】