第749回「ストレンジ・シスターズ」

タイのプラッチャヤー・ピンゲーオ監督といえば、ムエタイからカンフー、テコンドーまで様々な技を魅せてくれるアクション映画の名匠だ。日本でも「マッハ!」「トム・ヤム・クン!」「チョコレート・ファイター」など多くの作品が公開されており、格闘技の監督とのイメージは強い。ところが本人は少年時代に見た妖怪映画が忘れがたく、いつか自分でも撮ってみたいと企画を温めていたという。

ホラー映画にもいろいろな妖怪が出てくるが、監督が撮ったのはタイだけでなくカンボジアやマレーシアなど近隣諸国でも受け継がれているガスーという幽霊。年配の女性であることが多く、体から頭を外し、その頭と体の一部が宙に浮いて移動すると信じられている。日本の幽霊と似ているようでもあるが、その生々しさは際立っている。

彼が映画監督になったときアクションとホラーの二つの企画があり、たまたま俳優のスケジュールが空いていたのがアクションの方だったことと、見ごたえのあるホラー映像を撮るにはまだコンピューター・グラフィックス(CG)の技術が十分に育っていなかったことが重なり、アクションを選んだという。
アクションではCGやワイヤーなし、スタントマンなしを売りにしてきた監督が憧れのホラー映画ではCGに頼らざるを得なかったというのが面白い。
それでも単なるホラー作品には止まらないところがピンゲーオ流。ホラーにアクション、さらに美人姉妹による青春映画としてのテイストまで盛り込んで、ドキドキする様な未体験作品に仕上がった。

母親同士が姉妹のモーラーとウィーナーは、実の姉妹のように育てられた。しかしモーラーの母親は妖怪のガスーに変身させられてしまい、同じ血を引くモーラーも放置しておけば妖怪になる可能性があった。そこでモーラーの父親は娘を守るため年長のウィーナーに悪魔祓いの秘技を仕込んだ。やがて成長したモーラーの周りに、彼女を狙う不穏な動きが出始める。
妹のモーラーにはタイのアイドルグループ「BNK48」のミューニックことナンナパット・ルートナームチューサクンがキャスティングされた。ふっくらした顔立ちでこれが可愛い。健気に妹を守る姉のウィーナー(プロイユコン・ロージャナカタンユー)に甘えたりわがままを言う“困ったさん”を地でいくように演じたかと思うと、怖い夢を見てうなされるシーンなどが意外とセクシー。
とりわけ心身に変調をきたし始めたときに陶酔状態である行為に夢中になるシーンは圧巻で、目をそむけたいのに見てしまう妖しい魅力に満ちていた。少々ハードルの高い演技もやり通し、演技者としての本気ぶりを披露した形だ。
ピンゲーオ監督といえばアクションを期待するファンも多いかもしれないが、今回はホラーをタップリとお楽しみいただきたい。

この作品は昨年の東京国際映画祭「CROSSCUT ASIA ♯06 ファンタスティック! 東南アジア」でも『Sisters』のタイトルで上映されている。
プラッチャヤー・ピンゲーオ監督が、しばらくはホラーにこだわるのか、あるいは再びアクションに戻るのか、今後の路線が気になるところだ。
『ストレンジ・シスターズ』は 3月6日よりヒューマントラストシネマ渋谷にて公開
【紀平重成】