第756回「ブリング・ミー・ホーム 尋ね人」

テレビドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」でアジア各国に大ブームを巻き起こしたイ・ヨンエが14年ぶりにスクリーンに戻ってきた。結婚、2児の子育てと新たな実人生を歩んできた彼女が「長い間待った甲斐のある作品」と確信し、「本当に観てもらいたいと思える作品です」とまで語る。はたしてどんな作品なのか。
監督はイ・チャンドン監督の『シークレット・サンシャイン』でプロダクションアシスタントを務めたキム・スンウ。自らのオリジナル脚本がスクリーンへの復帰作を捜していたイ・ヨンエの目に留まり映画化が実現。監督の長編デビュー作につながった。

看護師として働くジョンヨン(イ・ヨンエ)は夫のミョングク(パク・ヘジュン)と一緒に、6年前に行方不明となった息子のユンスを捜し続けていた。その最中に夫の身に起きた不幸な事故で憔悴しきった彼女に「ユンスに似た子を郊外の漁村で見た」という匿名の情報が寄せられる。
最初は偽情報と疑ったジョンヨンだが、桃アレルギー、耳の後ろの斑点、やけどの痕、さらに足の小指の副爪(ふくそう)とすべてが息子の特徴と一致する。謝礼金と引き換えに少年の居場所を聞き出した彼女は息子に似た少年がいるという漁村の釣り場に向かう。
しかし、釣り場の経営者一家や村人、さらに警察官まで迷惑顔で彼女の要望に協力しようとしない。ジョンヨンの疑いは募る一方だ。自分以外に頼れる人は無し。夜中に監視まで付くそんなヤバイ場所で一人調査を続けられるのは、もう我が子を思う母親しかいないのだろうか。

この作品の上手さは、いまもなお世界各国で起きている子供の行方不明事件や児童労働搾取といった現代社会の暗部を見据えながら、サスペンスとしても見ごたえ十分の娯楽作品に仕上っていることにある。そのドキドキ感を支えているのは怪しげな登場人物に扮した俳優たちのリアルな演技と言えそうだが、なかでもヒロインであるイ・ヨンエの一途で強く、その一方哀しみまで漂わせる母の表情が素晴らしい。

昨年11月にソウルで開かれた制作報告会で自身の演技について聞かれたイ・ヨンエは「(7~8年間、実際に母親として生きてきて)母親としての私の感性は明らかに変わったと思います。そこに重点を置いて演じましたし、見どころになっていればいいなと思います」と手ごたえがあったことを伺わせる。
その彼女が今作では激しいアクションも披露する。ミンスと呼ばれていた少年を我が子だと信じ、彼を救うため何度も屈強な男たちにむしゃぶりつき、その度に激しく飛び散ったガラスの破片の中に投げ飛ばされるのだ。“母親”になりきったイ・ヨンエだからこそできる演技だったかもしれない。

上述の映画制作報告会で彼女はこう挨拶している。
「自分が出演するドラマや映画は、人々にいい影響を与えられたらいいなと思うようになりました。子供たちが生きていく未来がよりよいものになるといい、そんな考えを持つようになり、(出演の)基準が大きく変わったと思います。その基準に合う作品を選ぶ様になりました」
円熟味を増したイ・ヨンエの新たなステップを予感させる演技。早くも次回作が見たくなってきた。
『ブリング・ミー・ホーム 尋ね人』は 9月18日より新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開【紀平重成】