第759回「私たちの青春、台湾」
優れたドキュメンタリー作品を次々と誕生させている台湾映画にまた新たな注目作品が仲間入りした。2014年に起きた台湾のひまわり運動リーダーの一人である陳為廷(チェン・ウェイティン)と民主主義にあこがれて台湾に来た人気ブロガーの中国人留学生蔡博芸(ツァイ・ボーイ―)、そして二人を通して期待する未来を描こうとした傅楡(フー・ユー)監督の三者三様の夢と挫折の記録だ。
2014年前後の東アジアでは、まるで同時多発のように若者による社会改革運動が盛り上がった。台湾のひまわり運動、香港の雨傘運動、日本のSEALDs(シールズ)である。しかし、その結果は明暗を大きく分ける。香港の雨傘運動は鎮圧され、日本のシールズは15年の安全保障関連法案成立と共に勢いを失う。唯一台湾では中国とのサービス貿易協定に端を発したひまわり運動が23日間の立法院(国会に相当)占拠を貫徹し、協定の白紙撤回を勝ち取る。さらに運動への有効な対応に遅れた国民党の人気急落の一因となるなどその後の政治状況激変を引き寄せた。
カメラは学生によって封鎖された立法院の中の様子を生々しく伝える。議場に飾られた「国父」孫文の肖像画が民主主義とは真逆の「密室政治」に抗議する学生たちを静かに見守る形だ。そんな中、陳為廷はリーダーの一人として人気が沸騰していくことに「怖い気がする」と正直に語る。その後の自分に降りかかる様々な事態を予感していたのかもしれない。
運動は一定の成果を上げても、社会を正常化させるには封鎖をいずれは解かなければいけない。また政治に目覚めた若者が集う運動体をどう維持していくのか、立法院との交渉継続は? 一時の高揚と突き付けられる現状を前に陳は理想の民主主義を実現させることの難しさを感じることになる。それをリアルに表す映像がある。立法院から退去を決める際の仲間の決議方法に陳が違和感を感じる場面だ。誰もが参加する民主主義の理想を標榜しながら、実際の意思決定の場には一部の選ばれた人しか入れない。「結局自分たちがやっていることは現政権と同じではないか」と失望するのだ。
彼なりに考えた解決策の一つとして立法院の補欠選挙に立候補し国政を体制内から変えていくという方法があった。陳為廷はメディアにもよく出ていたので当選する自信もあったのだろう。だが立候補した矢先に痛烈なしっぺ返しにあう。学生時代に性犯罪を犯していたことが暴かれたのだ。最初は陳が1件だけを認めたのに、後日何度も繰り返していたことを打ち明けざるを得なくなる場面や選挙運動の仲間が「コネで何とかもみ消してみようか」と提案するシーンまでカメラは捉える。本人はもちろん選挙仲間まで性犯罪被害者の思いに寄り添うという人間としての素朴な気持ちがなかったことを冷静に伝えていく。
結局、陳為廷は立候補を取り下げるが、外見は華やかでも孤独を抱えていたり、性犯罪でストレスを発散させるといった人間の心の闇を深く考えさせる内容だ。
一方、中国からの留学生蔡博芸は高校時代に民主や自由について関心を持ち、11年に淡江大学に留学する。ちょうど土地収用反対運動や中国資本による台湾メディア買収反対運動に取り組む陳為廷を知り、台湾の学生運動に参加するようになる。中国では想像するだけだった民主主義が具体的に学べるというわけだ。自分と同世代の若者が参加する運動に刺激を受けたのだろう。彼女のブログ「我在台湾・我正青春」(台湾で過ごす青春)は中国でも話題になり人気を集めていく。
やがて蔡博芸は留学先の淡江大学学生会長選挙に出馬する。民主主義の一端を学ぶ最適の方法かもしれないからだ。だが彼女も陳為廷と同じように選挙への出馬が暗礁に乗り上げてしまう。「中国国籍であることが問題」との理由で選挙委員会から出馬資格を取り消される。確かに強大な中国と海峡を挟んで対峙する台湾の地政学上の不安定な位置づけや少数民族への圧力を強める中国の対応を目の当たりにすれば、見逃せない問題と考えることは理解はできる。しかし台湾の民主主義にあこがれてやってきた同胞への対応としてはあまりにも冷たすぎるとの解釈も成り立つ。改めて「理想の民主主義とは何か」を考えさせるテーマであろう。
陳為廷と蔡博芸の2人が民主主義の在り方を問う活動の中でもがき苦しむ姿を見て傅楡監督の落胆は大きかったようだ。映画の中でも監督が活動を振り返る中で感極まるシーンが出てくる。
3人それぞれが「挫折」したと思っていることは間違いないが、それを彼らは貴重な教訓として噛みしめていることだろう。少なくとも自己と向き合った数年間は他では得難い青春の1ページとなるはずだ。
コロナウイルス感染問題ですっかり有名になったデジタル担当大臣のオードリー・タンは以下のようにメッセージを寄せている。
「三・一八ひまわり運動は、一九八〇年代以降の台湾における最大規模の学生・市民による抗議運動で、台湾における行政をも巻きこむ社会活動の展開に、現在に至るまで深く影響を及ぼしている。運動の主力として、多くの若者が痛みや熱い思いを体験し、改めて人生の進むべき道を決めていった。 『私たちの青春、台湾』は、運動の過程での喪失や奮闘を真摯に記録しており、民主的な社会にとって最も意義のある教訓になっていると言っていい。それは、単に未来を夢見るだけではなく、困難と向き合い勇気を持って挑戦してはじめて、本当に自分の進むべき道に出ることができ、私たち自身を通して未来を呼びこむことができる、ということなのだ」
傅楡(フー・ユー)監督が自身の人生と台湾の民主化への歩みをまとめた「わたしの青春、台湾」の邦訳版が映画の日本公開に合わせて発売中。発行:五月書房新社(1800円+税)
『私たちの青春、台湾』は 10月31日よりポレポレ東中野ほか全国順次公開【紀平重成】