第776回「メイド・イン・バングラデシュ」
本作品を見ての感想は「なめんなよ」だった。といっても作品に怒っているのではなく、バングラデシュの縫製工場の女性労働者らが過酷な労働環境と低賃金に苦しんでいること、さらに家に帰れば今度は家長の男と様々な「闘い」が待ち受けていることに対してだ。
同僚たちと労働組合を結成すべく立ち上がった主人公のシム(リキタ・ナンディニ・シム)は工場幹部から脅しを受ける。それだけでなく、夫の反対と仲間の無理解を乗り越えて手にしようと頑張った組合の結成許可申請書が、当局の事務所内で数週間も意図的に放置されていたという不可解な事実が明るみになる。これで怒るなという方が無理であろう。
この話は95%の事実を基にして制作されたという。映画化の発端は2013年4月にバングラデシュの首都ダッカでビルが崩壊し縫製工場の女性労働者ら1127人が巻き込まれて死んだラナ・プラザの事故。ご記憶にある方もおられるだろう。この惨事を目のあたりにし、若手女性監督のルバイヤット・ホセイン監督は「世界の縫製工場」と化しているバングラデシュでいま何が起きているかを描きたいとメガホンをとる決意をする。
本作では女性たちを単に犠牲者として描くのではなく、むしろはっきりした言動の女性主人公をイメージしていたという。ちょうどそんなとき、ジャーナリストの女性を介して監督に紹介されたのが映画のモデルとなったダリヤ・アクター・ドリだった。彼女の言葉と話し方にシンパシーを感じた監督はダリヤを中心に作品を紡ぐことを決めた。
余談だが、完成後に国際映画祭で上映された本作を初めて見てダリヤは涙が止まらなかったという。自身の体験がリアルに描かれ、しかも観客の間に共感の拍手が沸き上がったことで、自分の行動が正しかったと確信したのだろう。
舞台は欧米や日本の大手アパレルブランドの工場が集まるバングラデシュの首都ダッカ。衣料品の工場で働く女性シムは、低賃金や給料の未払いなど厳しい労働環境に苦しむ同僚たちと労働組合を結成しようと立ち上がる。にもかかわらず多くの保守的な女性労働者は経営者や多国籍企業が膨大な利益を得ていることを知らなかったり、労働者権利団体の呼びかける学習会にも「休日くらい子供と過ごしたい」と無関心だった。シムは周囲の人々からの反対に遭いながらも、自ら労働法を学ぶ一方、組合結成許可申請書への署名集めに奮闘する。
やがて組合結成運動の中心人物であることが発覚し、工場の幹部から休みを取って組合活動をやめるよう打診される。回答は「ノー」。だがこのままでは署名に応じた68人が職を失い、その家族も路頭に迷う。引くに引けない状況を突き付けられシムの必死の反撃が始まる。
映画の評価は搾取する側・される側など、その人の立場によって大きく変わりそうだが、見ているうちに主人公のシムにすっかり「同期」してしまった筆者はスカッとすることができた。同時に感じたのが冒頭の「なめんなよ」である。
本作のように搾取や差別を描いた作品はアジアでも近年増えている。例えば韓国映画『サムジンカンパニー』(2021年)は大企業に勤める3人の高卒女性社員が差別に反発しつつ会社の不正を追及する痛快なコメディだし、インド映画の『グレート・インディアン・キッチン』はインドの中流階級に根強く残る家父長制やミソジミー(女性嫌悪、女性蔑視)を鋭く描き、インドや日本でも話題を集めた。毎日伝統や宗教などと複数の闘いをしている女性たちが爆発し、思わぬ行動に出るという描き方が似ている。
同作品は2020年の大阪アジアン映画祭で特別招待作品として日本初上映されている。
『メイド・イン・バングラデシュ』は4月16日より岩波ホール ほか全国順次公開【紀平重成】