第781回「22年私のアジア映画ベストワン」
お待たせいたしました。今年も熱烈なアジア映画ファンが集い、思いの限りを熱く語った「私のアジア映画ベストワン 2022年」の投票結果を発表します。
今回はまず5位、4位を先に発表します。ベストワンとしては挙げていませんでしたが、杉山照夫さんは「川崎チネチッタで思いがけない映画をみました。それは『カンフースタントマン』(竜虎武師)です。なんと香港アクション映画の影の立役者であるスタントマンたちの苦労談をかたるドキュメンタリーであり、それはそのまま60年代から現代にいたるまでの映画史そのものでした。90年代に香港映画に夢中になっていた私たちにとって、お宝のような映画です。香港映画ファンは絶対にこの映画は見逃せません」と訴えます。同じ思いを語る人もいましたので、堂々の5位です。
続く4位はインド映画の実力を世界に知らしめた『RRR』。えどがわわたるさんは「大阪アジアン映画祭で上映された『アニタ』(梅艶芳) と迷いました。1920年代の英国植民地時代を舞台にして、主人公の二人は反英活動家のモデルがあるようですが、実際には出会っていないらしいですね。保守政権下での製作の影響があるのか、強めのナショナリズム描写は、某国の反日作品のようであり、女性の描き方が前作より弱かったり、ご都合主義の描写もいくつか……と、気になる点はあるものの、アクションだけでなく、ダンス音楽シーンも見所の、やはり、劇場の大銀幕で見てこその作品なのでした。ビームがラーマの部屋へ訪れたとき、積んである本に視線をやるシーンは、英国の植民地政策の批判を込めていたのだと理解していますが(最後の方では台詞も出て来ます)、だとしたら、この演出は上手いな……と、思いました」
さて、本来はここでベスト3へ進むところですが、順不同でみなさんの熱い思いを可能な限りご紹介していきましょう。KEIさんが選んだのは『神探大戦』です。「ワイ・カーファイでなくては作れない物語、そしてラウ・チンワンでなくては演じられない役、私の推しはやっぱり最高です」。そういうKEIさんのような熱いファンがいる限り香港映画は生き延びるのではないでしょうか。次も香港映画です。
茶通さんの推しは『過時、過節』です。「香港映画はいま世代交代の時期を迎えており、新人監督の作品が多く公開されています。この作品も1988年生まれの曾慶宏(エリック・ツァン)監督の長編第1作目。物語は監督の体験が元になっているそうで、簡単に言うと崩壊した家族の物語です。気の強そうな母役の毛舜「均」の上に竹冠(テレサ・モウ)もいいのですが、もっともいいのは冴えない父役の謝君豪(ツェ・クワンホウ)。謝君豪は『南海十三郎』(日本未公開)のような大量のセリフもこなし、個性的な悪役(『バーニング・ダウン 爆発都市』)も演じているのですが、今回はセリフも少なく情けない冴えない父を表情と姿で演じきっています。改めて謝君豪の演技力を確認出来る作品でした。また物語の最後には壊れた家族が全く同じ形ではないにしろ再構築出来るのではと、微かな希望を見出せたのもこの映画が心に強く残った理由です。昨年末に東京で観た《香港の流れ者たち》の謝君豪も素晴らしく、その演技の幅も注目に値するので、是非『過時、過節』も日本で公開して欲しいものです。
まだまだ香港映画が続きます。勝又美子さんが選んだのは『七人樂隊』。 「面白うてやがて切ない香港の記憶たち。中でもリンゴ・ラム監督が担当した「道に迷う」の、かつての姿から様変わりしてしまった街に戸惑うサイモン・ヤムに、最も感情移入しました。私もあの頃、香港に恋していたから。より一層、今が残念なのです。しかしやがて気付いたのは、この街は常に変化してきたし、これからもそうなのだということ。光り輝いていた香港の記憶を大切に、これからも見つめていこうと思います」。人の記憶にはふたをすることができないということでしょうか。
さらに、せんきちさんも香港映画から『少年たちの時代革命』を選びました。「主人公のYYの境遇(父は中国で仕事、母は離婚後にイギリスで再婚)がそっくりそのまま今の香港のようで、もうそれだけで私は胸を締め付けられる思いがしました。林森監督と任侠監督、この二人がこれからどんな作品を撮っていくのか、それも楽しみです」
今回は香港映画と並んでインド映画をベストワンに挙げる人も目立ちました。
『人生は二度とない』を選んだ柴沼均さんは「なんか人生があまりうまくいっていない中高年のほうがぐっと来る内容です。独身前最後の旅行をする主人公も親友2人も仕事や家庭、将来について自分の本当の幸せが何かを考えずに、目先の損得に流されたまま暮らしていたのが旅行を通じて、人間らしさを取り戻していきます。タイトル通り人生は二度とないのですから、今を楽しんで前向きに生きることこそ重要です。最近、日本では老後の問題とか盛んにいわれますけど、日々精いっぱい全力で生きていれば怖いものなんかない。そんな気持ちにさせてくれました」。そういうところは歌と踊りだけでないインド映画の上手さですね。
一方、 インド滞在が長かった岡 満美子さんは “K.G.F: Chapter 2”を推します。「私のアジア映画ベストワン」は、迷うことなくインド映画(カンナダ映画)“K.G.F: Chapter 2”を選びました。2018年末に“K.G.F: Chapter 1”に大興奮して以来、その続篇を待ちわびていましたが、製作の遅れやパンデミックにより何度も延期され、ついに決定した公開日はわたしの日本帰国よりあとでした。激しく落胆したものの、活発化している在日インド人による自主上映会で、インド公開と同時に観ることができました。スケールアップしている分リアリティがうすれ、Chapter 1ほどの「スゴイモノを観た」感はないものの、振り回され続けたこの日までの長い道のりや、少し前に実際のK.G.F.(Kolar Gold Fields)を見たことなども相まって、圧倒的な映画体験となりました。一部の魅力を取り出してこの映画のすごさを語るのは難しく、とにかく圧倒的なので観てほしい、と言うしかない。これからChapter 3も作られるようですが、それは待たずに(笑)、Chapter 1+2が一日も早く日本で公開されるよう、切に切に願います」。これはもう自主上映会に頼んで見るしかないですね。
国分寺でバー「彦六」を開いている織田島高俊さんは『アングリーバードとバナナ合唱団』が推し。その理由をちょっと長いですが聞いてみましょう。「インドのスラム街の子供たちを集めて結成されたバナナ合唱団。みんなからアングリーバード(ガミガミ先生)と呼ばれ慕われている韓国人オペラ歌手。彼の厳しくも温かい指導の下、子供たちは歌う楽しさを知る。が、理解の乏しい親たちは、子供たちに歌よりも勉強や仕事を優先させたがる。どうすれば親たちは分かってくれるだろうか、一計を案じた先生は、団員みんなの親も発表会に参加して一緒に歌って貰おうと計画する。スラム街の人々は、辛い仕事に従事していながら、いつまでも貧しい暮らしから抜けられず、心の余裕をなくしている。なにかと理由をつけて練習から逃げていた親たちは、子供たちの説得に応じ、次第に目標へと向かう。」
「実は私は、素人のウクレレ弾きを集めた『ウクレレアフタヌーン』という演奏集団を主宰しています。ほとんどのメンバーが、普段は全く音楽とは関係のない仕事をしています。私たちが初めてコンサートを開いて人前で演奏をしたのは30年前、それから数えきれないほどたくさんの演奏を披露してきました。この映画に登場した、初めて人前で歌を唄うことになった親御さんたちの気持ち。それは、非常に共感できるものでした。開催までの、焦りと緊張と期待が入り混じった感じ。いよいよ本番での、技術的に上手く出来ていようが出来ていまいが楽しんでやってやろう、とする開き直り。観客から大きな拍手を頂いて、覚える安堵と喜び。終わったあとの寂しさ。そして何より、早くまた次回も歌いたい!という希望が湧いてくること。翌日にはまたいつもの辛い仕事に就く親御さんたちですが、その表情には大きな変化が見られます。私もそうですね。初コンサートを終えた翌日は、会社で仕事しながらも『昨晩はなんて凄い体験をしたんだろう』と一日中ニヤニヤしたものです。いや、30年間ずっとそうです。この映画を見た時も、コロナのせいで延期していたコンサートを3年ぶりに開催して、久し振りの余韻にちょうど浸っていたところでした。」
12月の「中央アジア今昔映画祭2022」で見た『不屈』(2018ウズベキスタン ラシド・マリコフ監督)を挙げたのは小林美恵子さん。「70年代末にソ連兵士としてアフガニスタン侵攻に参加したウズベキスタン人教師の80年代を描く物語。病になり死期を悟った主人公は人生の後始末として、職場や家族の問題を片づけ、最後にアフガニスタン時代の苦しい体験を清算すべく当時の同僚を訪ねます。いかめしい顔つきで孤独な暮らしをする主人公の中にある過去への悔恨や、他者を思いやる優しさを描きつつ、アフガン侵攻への批判も込めて、今ウクライナ侵攻をしているロシアをも重ねて見られる時宜を得た作品と思いました」。まさに映画の役目が果たされている作品と言えるでしょう。日本公開や続編が待たれます。
毎年フィリピンの映画事情を寄せてくれる、よしだまさしさんのベストワンは 『ANG BABAENG WALANG PAKIRAMDAM(無痛症の女)』 でした。「昨年のフィリピン映画界は、最大手のスターシネマが、母体とするABS-CBNがテレビの放映権を剥奪された影響で映画製作からほぼ撤退した状況が続き、エロティックスリラーなどを量産しているビバフィルムだけがひたすら元気に新作を作り続けるという状況でした。仕方なくビバフィルムの作品を観続けていたのですが、やたらと裸の出てくる映画ばかりで、さすがに食傷気味。が、そこで出会ったのがダリル・ヤップ監督という新しい才能でした。なんと2021年にいっきに10本の新作を公開するという、いささか理解不能の大進撃。しかも、そんな題材、フィリピンでヒットするわけないじゃんという路線の作品ばかり。ところが、この監督の作品がなかなか面白いのです。世の良識派の人たちが眉をひそめるような題材を好んでとりあげていながら、それをちょいとおしゃれな映像センスで1本の映画に仕上げてしまっているのです。たとえば、昔のポルノ女優たちが集まってポルノ映画復権をめざす『Paglaki ko, gusto kong maging pornstar』。そんな映画を誰が観るんだと思ったら、速攻で続篇まで作ってしまっている。たとえば、生まれてこのかた恋人のいたことのないヒロインが、酔っぱらって教会で神さまに悪態をつく『#Jowable』。交尾しているゴキブリを見つけて「ゴキブリですらセックスしているのに!」とわめくシーンには大爆笑。そうした作品の中からいちばん気に入った作品はというと、『ANG BABAENG WALANG PAKIRAMDAM(無痛症の女)』。先天性無痛症で、しかも母親から感情を抑えるように育てられてありとあらゆる喜怒哀楽の感情を失ったヒロインが、スリル満点のアトラクションを体験できるという国内旅行券をゲットして、口唇裂で変わったしゃべり方しかできない男性と旅をすることになるという物語。なに、そのわけのわからない設定。ところがこれが面白いんです。そして、あまりにも予想外なラストシーンには唖然とさせられてしまう。ダリル・ヤップ監督、実に侮れない監督です。ちなみに、年末になってようやくスターシネマがトップスターを起用した王道のエンターテインメント映画を公開しはじめているので、来年はぜひともそうした作品を紹介したいものです」。はい、お待ちしています。
モンゴルを舞台にした中国映画 『へその緒』を挙げたのは杉山照夫さん。最初はあまり期待しないでみていたのですが、途中から目がはなせなくなりました。タイトルの所以は、母親が徘徊することを防止するため青年と母親をつなぐロープからきているのです。ところがこの映画は通常の話と違う展開をみせてくるところがすごかったです。ラスト、モンゴルのきびしくも美しい自然の中で蒙古民族の伝承音楽と踊りの中で表されるアイデンティティー、親子の絆、去り行く人の荘厳さ、といったものに圧倒されました。祖先の霊と一緒に踊っていた母親が最後に嬉しそうに彼方に去っていくところで、いよいよ息子は母親と繋がっていた「へその緒」をきりはなすのです。みていて落涙してしまいました。いままでみてきた映画のなかでこんなにも美しいラストシーンをみたことがあっただろうか。そして、素晴らしい映画というものは技巧のうまさでなく、このような映画を指すことをあらためて痛感しました。文句なしに私のアジア映画ベストワンです」
さあ、お待たせしました。いよいよベスト3位の発表です。3位は中国映画『シスター夏のわかれ道』。大阪大学准教授の劉文兵さんは「近年、ハリウッド的大作路線に走る中国映画に抜け落ちた、登場人物の心の機微や細部の描写を久しぶりに見せてくれた作品。落ち着いた、流麗なカメラワークも気持ち良い。衝動的で激しい感情表現といった中国映画らしいところが見受けられるが、長い、文学的なモノローグは是枝裕和監督の作品を思い起こさせる」と中国映画の現状と課題を語ります。とはいえ若手の監督が続々と誕生する中国の潜在的なパワーは侮れません。
続いて第2位。なんと4K作品として復活した王家衛監督の作品群です。竹内香織さんは「昨年はあまり観てなくてベストワンと言えるものもないのですが、強いていえば王家衛の4K作品です。『花様年華』『ブエノスアイレス』『恋する惑星』全部挙げたいのですが、一つというなら『ブエノスアイレス』です。当時王家衛作品に夢中になっていて、レスリーチャンも素晴らしかったと思い出されます。今回の4Kは暗い色彩も鮮やかで素敵でした」
一方『花様年華』を選んだ松本さんは「王家衛4K作品の特集は俳優も音楽もみな素晴らしくて、久ぶりに映画を堪能しました。トニー・レオンとマギー・チャンが二人並んで遠ざかっていくカットもしびれました。一度といわず二度、三度でもいいですから、また王家衛4K作品特集を組んでいただきたいです。みな同じ気持ちだと思います」と振り返ります。確かにこの3作品から一つの作品を選ぶのは難しいですね。
いよいよベストワン発表です。ベストワン中のベストワンに輝いたのは中国映画『小さき麦の花』でした。
中国映画に詳しい吉井さんは「貧しさと豊かさの概念を見事に入れ替えて見せるようなリー・ルイジュン監督の手腕はさすがと思いました。感動を押しつけてくるようなこともなく、観ていて思わぬところで自然と涙が出てしまうような良い作品でした」という感想です。
1位に選んだ私の感想も「制作にお金をかけた娯楽大作よりも観客を信じて心に訴える本作のような作品の方が求められているということを実証した作品です。周りの人のために心を配るという『利他の心』とは何かということを考えさせられました。投稿された皆さんからは映画の楽しみ方を改めて教えていただきました。ありがとうございます。またこのベストワンをご覧いただいた皆さんにもお礼を申し上げます。
<2022年 私のアジア映画ベストワン>投票結果 ①『小さき麦の花』 ②『ブエノスアイレス』ほか「王家衛4K作品特集 ③『シスター夏のわかれ道』 ④『RRR』 ⑤『カンフースタントマン』
私はゆえあり?中国語圏映画は投票しなかったのですが、今回名前のあがっていないのが不思議な「憂鬱の島」追加したいです。「へその緒」の杉山さんの評にも共感します。王家衛特集も至福のときでした。