第624回 「パティンテロ」のミーク・ヴェルガラ監督に聞く
大阪アジアン映画祭の監督インタビューシリーズ第3弾(最終回)は、かつてフィリピンの街角で日本の鬼ごっこのように、どこでも見かけることができたゲーム「パティンテロ」をめぐり少年少女たちの友情と成長を描いたミーク・ヴェルガラ監督に聞く。
同映画祭のプログラミングディレクターである暉峻創三さんが本コラム恒例の「16年私のアジア映画ベストワン」に挙げたことで、にわかに注目を集めた作品。
インタビューの紹介に入る前に、まずゲームの説明から。路上に大きく描かれた白線の中で攻守2組が陣を張り、守備側は両手を広げて障害物となり、攻撃側はタッチされないよう手と手の間を潜り抜けることで得点を競う。
映画はこの遊びに夢中になっている痩せこけた10歳の少女、メンが「負け犬」と呼ばれながらも、パティンテロの大会で優勝すれば自分の汚名も返上できると闘志を燃やす物語だ。
香港の「少林サッカー」(チャウ・シンチー監督)や日本の「ピンポン」(曽利文彦監督)にインスパイアされたというミーク・ヴェルガラ監督は、勝負を決める決定的な場面に劇画風のアニメを挿入させ、実写以上に激しいバトルを現出させている。
--子役が大変生き生きしていました。そのリアル感を出すためにどういう風に演出をされたんですか?
ミーク・ヴェルガラ監督「キャスティングがすごく難しくて。ぴったりハマる子を見つけるのが一番大変な仕事でした。4カ月かけて300人の子どもの中から選びました。主役のメンをやった子を見つけるのが本当に難しくて、3カ月ぐらいいろいろな子どものグループを作り、その中から主役の子を見つけ、他のグループの中の一番いい子を組み合わせてメンのグループを作りました。それが決まってから2回週末にワークショップを開いて、いろいろ指導しました」
--すごく利発そうな子がいましたよね。親友の幼なじみの女の子。あの子がすごくいい演技をしているなと思いました。
「ニカイですね。とてもいい俳優です」
--このパティンテロという題材を選んだ理由について、昨日の上映後のQ&Aでも触れていましたが、この題材を長編第一作に選んだ理由をもう少しお話しいただけますか。
「この作品は、アメリカのカートゥンネットワークで仕事をしている人と最初はコミックでやろうと話していました。でも、コンセプトを見直したところ、これで映画を作ったらという話になりました。というのも、「ピンポン」という日本の映画を見て、こういう作品を作りたいと思ったんです。少ない予算でも、ものすごく効率的にお金を使って作っていると思いました。スポーツマンガのような映画にしたいと思いました。それで2015年から撮り始めましたが、なかなか資金が集まらず、色々な映画祭に出して賞金をもらったり、補助金を受けたりして作り直し、長い時間をかけて温めていたので、私にはとても大事な作品です。好きなものをこの中にたくさん詰め込んだので、私の最初の長編映画となりました。でもこういう映画を撮るのは最後になると思います(笑)」
--それで思ったのは、このゲームは駆け引きがとても大事です。本当のゲームもあんなに激しいんですか? つまり怪我をするような。
「まあちょっと過剰に表現はしているんですけれども(笑)。色んな人が、自分も含めてパティンテロをやっていて、頭の中では、ああいうイメージです(笑)。戦略をいろいろと立てて、激しい感じで。でも実際は映画ほど過激ではないですけど」
--その過剰な部分が楽しめました。日本の映画とかマンガが好きと伺っていますけれども、今回の作品でそれが一番良く出ている場面というのはどこだったんでしょうか。
「(いいところで現れては消える)『Zボーイ』が出ているところです。日本の『戦隊ヒーロー』みたいで」
--僕も昭和30年代(1955~64年)のテレビ番組なんですが、「少年ジェット」という人気ドラマがあって。そういうのはマネしましたよね。で、一瞬消えたりしますから。少し昔の携帯電話のない時代に設定したのはなにか意図があったんでしょうか。
「意図的に昔の時代を設定したのは、もう今となってはパティンテロは子どもたちはやらない遊びになってしまっているからです。90年代後半まで遊んでいました。というのも、その頃からちょうどインターネットカフェが出来たり、コンピューターを使ってゲームをしたりという感じで子どもたちの遊び方が変わっていったんですね」
--日本と同じですね。この作品でジェンダーセンシティビティの賞を受賞しましたけれども、その感想をお聞かせください。
「受賞できてとても嬉しく思っています。私自身はフェミニストでありたいと思っています。そう自分で呼ぶにはまだ勉強しないといけないところがありますが、性は平等であるべきだと思いますし、尊重していきたいと考えていますので、最初にこういった賞を受けたのはとても名誉なことだと思います。フィリピンはまだ男性社会で、特に年配の世代はそうですが、若い世代の人たちはだんだん変わってきていて、男女平等を当たり前だと考えている人が多いですし、そんな中でこの賞を受賞できたことはとてもうれしいです」
--作品の最後でメンとお兄さんの2人がゲイのカップルに引き取られましたよね。その2人がジェンダーフリーということで。
「そういった2人の男性に育てられることが受け入れられるのだということを示すのと、あとは単に養子になったと言っているんですけれども、必ずしも永久に2人の子どもになるという風に思っているわけではなくて、自分の想定では6、7年だろうなと思います。というのも、お母さんはたぶん外国で出稼ぎ労働をしていますよね。だからいつかきっと帰ってくると思うんです。今はおばあさんが亡くなってしまったので子どもの世話をしてくれる人がいないので、ゲイのカップルにお願いしていると。お母さんは稼いだお金を2人のところに持っていくという想定にしています」
--そんな感じかなと思いました。高校生の兄とメンがすごく反目していましたが、2人の間で事件があったということなんでしょうか。
「フィリピンでは小学校からハイスクールに上がると、自分は大人だと、精神的にも大きく成長したと思う風潮があります。映画の最初の方にもありましたが、お兄さんはメンに対してちょっと距離を置いている。もはや高校生なんだから、と距離を置いているだけで、特に何か事件があって兄弟仲が悪いというわけではなく、あのような喧嘩をするのはフィリピンでは普通のことなんです。お兄さんは、お父さんがいないし、お母さんも出稼ぎに行っているということを、理解しようとしているけれども、メンはまだ家族はずっと一緒にいるべきだと思っている」
--そういう考え方の違いが出ているわけですね。
「メンはまだ家族を信じているし、家族一緒がいいと思っているけれども、お兄さんはもう何も信じられないという心境になっているんですね」
--「サリーを救出」(今回の大阪アジアン映画祭で上映)という作品もそうなんですが、フィリピンでは映画の中にアニメーションを入れるというのがトレンドになっているんでしょうか。
「『サリーを救出』のアヴィッド・リオンゴレン監督は私もよく知っているんですけれども、フィリピンでは私たちも子どもたちも日本のアニメやマンガを見て育っているので、私も彼も、もし可能であればプロジェクトで、アニメやイラストを入れたいという気持ちがあります。昔アメリカや日本のアニメ会社はカラーリングとか背景でフィリピンのアーティストを使って作っていたんですよね。今はだいぶ下火になっているんですけれども、昔はディズニーのアニメを描いている人もいたそうなんです。だから機会があればアニメーションをやりたいと思っています」
--最後に次回作を聞かせて下さい。
「今はまだ脚本を書いている途中ですが、復讐物のアクションを撮りたいと思っていて、今度の作品は子どもは出ないです(笑)。やっぱり子どもを撮るのはとても難しいですね。いつかまた子どもを撮ることはあるかもしれないけれども、次回作は大人だけを使います。映画を撮っていないときにはコマーシャルの仕事をやっているんですけれども、そのときはたくさんの子どもを使って撮っています(笑)【紀平重成】
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