第639回 「隠された時間」

「隠された時間」から (C) 2016 showbox and barunson e&a ALL RIGHTS RESERVED.
これはもうカン・ドンウォンあっての企画であり、また彼の新しい魅力をうまく引き出した作品と言っていいだろう。13歳の少年3人が忽然と姿を消し、数日後に一人だけ戻ってくる。だが彼はどう見ても大人。「僕だよ」という彼をただ一人信じた少女との幻想的でちょっぴりドキドキさせるラブストーリーだ。
大好きだった母親を亡くし、義理の父親に連れられ離島に引っ越してきた少女スリンは、自分と同じように親がなく学校にも馴染めない孤独な少年ソンミンと知り合う。境遇の似ている2人は、やがて秘密の暗号を作って友情を育くむうちに淡い恋心が芽生えていく。

ソンミンは家でも学校でも孤独だった (C) 2016 showbox and barunson e&a ALL RIGHTS RESERVED.
ある日、ソンミンの男友だちも交え4人で出かけた立入禁止区域の洞窟で、スリンだけ残し、3人の少年が失踪する。捜査が難航する中、数日たってから見知らぬ男(カン・ドンウォン)がスリンの前に姿を現し、「僕はソンミンだ」と言い出す。驚いたスリンは一度は逃げ出すが、2人しか知らないはずの秘密の暗号を使った大量のノートを見て、見かけは大人のその男こそ心は少年のままのソンミンだと強く信じ始める。
ノートに記録されていた、彼が失踪した日から大人になるまでの長い年月に起こった不思議な物語とは……。

大人の姿で戻ってきたソンミン(カン・ドンウォン) (C) 2016 showbox and barunson e&a ALL RIGHTS RESERVED.
時間の流れが異なる世界にはまり込んでしまうというお話は特別なことではない。この作品が少し変わっているとすれば、現実の世界から過去や未来の世界に瞬時に移動する「タイムスリップ物」に加え、世界各地で流布する「神隠し伝説」、さらには時間の流れが異なる世界から戻るという「浦島太郎」的な要素も含むという欲張りな構成になっていることだろう。浦島太郎はわずかな日々を竜宮城で楽しく過ごして戻ったつもりだったが、元の海辺の村にはもう自分を知っている人がいなかったというお話なのに対し、本作は少年から大人になるまで長い時間異世界に閉じ込められていた主人公が、戻ってみるとわずか数日しか時間がたっていなかったというお話だ。脚本も兼ねたオム・テファ監督の工夫がうかがえる。

姿は大人でも心は少年のソンミンだと信じてスリン(シン・ウンス)は隠れ場所を探す (C) 2016 showbox and barunson e&a ALL RIGHTS RESERVED.
その脚本をオム監督は最初からカン・ドンウォンをイメージして書いたという。主人公の印象は「子供のような大人」。まだ出演を承諾していない段階から、「演じるなら彼しかいない」という思いで書いた脚本に、スターの彼は大いにチャレンジ精神を燃やしたのだろう。
これまでもカン・ドンウォンが演じた役柄は死刑囚、超能力者、詐欺師、工作員、導師と多彩に富んでいる。一言で評すれば、まるでカメレオンのようにどんな役にも染まることができる俳優。キャラクターと同化するためには自ら限界線を引かないという役者としての自尊心があるからできるのだろう。実際、少女のスリンと見つめあう大人のソンミンは傷つきやすく、恥じらう少年のようにしか見えなかったから、さすがというほかはない。

大人はわかってくれないと頭を悩ます二人 (C) 2016 showbox and barunson e&a ALL RIGHTS RESERVED.
この作品を始め、近年「プリースト 悪魔を葬る者」(チャン・ジェヒョン監督)「華麗なるリベンジ」(イ・イルヒョン監督)と次々に新人監督から出演のオファーが寄せられるのは、長身、美形のマスクという外見的魅力もさることながら、新人監督が相次いで声をかけないではいられない存在感と確かな演技があるからだろう。
まだキャリアは始まったばかりだが、カン・ドンウォンの相手役として堂々と渡り合い、少女スリンをさわやかに演じたシン・ウンスにも注目したい。2002年10月生まれというからまだ14歳。岩井俊二監督の短編映画「チャンオクの手紙」では主演のペ・ドゥナの娘役を演じたというから、これからの活躍が楽しみだ。
「隠された時間」は8月19日よりシネマート新宿ほか全国順次公開【紀平重成】
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