第645回 「我は神なり」

「我は神なり」の一場面。村に戻ったミンチョル(右)は新興宗教を疑う (C)2013 NEXT ENTERTAINMENT WORLD INC.,&Studio DADASHOW All Rights Reserved.
フェイクニュースが溢れる今の社会に警鐘を鳴らしているような作品だ。ご用心! あなたはこの作品に登場する多くの村人のようにダマされる側の人? それとも……ダマす人?
実写の「新感染 ファイナル・エクスプレス」で興行的に成功したヨン・サンホ監督が、その2年前の2014年、信仰というデリケートな題材を基に長編アニメーション第2弾として発表した社会派の作品。
ダム建設で水没予定地となった村に、粗暴ゆえトラブルメーカーとして嫌われていたミンチョルが久々に帰ってきた。ところが留守にしている間に彼の妻子や村人たちは、新しい教会に通い始め、カリスマ牧師のソンを崇めるようになっていた。ミンチョルは教会に出入りするグループが村人たちの財産を狙うという詐欺師ギョンソク一派の陰謀と見抜き立ち上がる。しかし、村人や警察だけでなく妻子までもが彼の話にまったく耳を傾けず、逆に「悪魔に憑りつかれた男」というレッテルを貼られてしまう。

村人に崇められるカリスマ牧師のソン (C)2013 NEXT ENTERTAINMENT WORLD INC.,&Studio DADASHOW All Rights Reserved.
真実を見抜いている男が世間からは「ウソの話を拡散しようとしている」と疑われ、その一方、インチキ教団は信者を増やし、立ち退き料を手にした村人から財産を巻き上げようとしている。ウソをつく方が悪いとしても、簡単にダマされるのも「ウソを見極める力を付けてこなかったあなたが悪い」と言われる余地はある。真実といわれるもののあやふやさや、ダマそうとする人とダマされやすい人々の心理状態を見事に活写していると言えそうだ。
フェイクニュースをめぐっては、ツイッターでウソの情報を流し、それが爆発的に拡散して選挙結果を変えてしまったとされる事例がアメリカなど各国で相次いでおり、今や流行語にもなっている。わが国ではまさに総選挙が行われようとしており、おびただしい情報が飛び交っている。悪意に満ちたフェイクニュースとは言えないまでも、出所不明のデマを信じて拡散した結果、投票行動に影響しそうな情報も多々流されていると思ってもおかしくはない。いつにも増して「これは真実か」と立ち止まって考えることを心掛ける必要があるだろう。
筆者の場合は「この道しかない」とか「○○づくり革命」のような大仰な言葉遣いの標語は、その下心が見え見えで、まず信用しないことにしている。

父親のミンチョルに進学預金を勝手に引き出され途方に暮れる娘 (C)2013 NEXT ENTERTAINMENT WORLD INC.,&Studio DADASHOW All Rights Reserved.
ヨン・サンホ監督は「エセ宗教を通じて、人間の信念の本質のようなことを問いかけてみたかった」「果たして人間は信念が無くても生きることができるか? あるいは間違った信念を持った人をあざ笑う権利が、私たちにはあるのか?」と、このテーマを選んだ理由を話している。信じるという事には他人の嘲笑をはねつける強さが確かにある。本当の信念か、それとも見せかけに過ぎないのかについても、用心して見極めるよう心掛けたい。
ヨン・サンホ監督が描くアニメーションの特徴は、登場人物がアジア系の平べったい顔で、しかも表情が乏しく、笑顔などはまず拝めないというエンターテインメントとは程遠い作風。しかしながら、校内暴力や新興宗教、謎のウイルスに感染したゾンビ集団といった陰鬱とした題材を多面的にとらえ、それを掘り下げることで事の本質をあぶり出すことに成功している。
その意味では韓国の多くの観客を虜にしたエンターテインメント作品「新感染 ファイナル・エクスプレス」とこれらのアニメ作品は共通していると言えるだろう。

「我は神なり」のチラシ
もともとアニメ作家なので、全ての作品をアニメで作るのが夢だという。今作も最初はアニメを考えたが、リスクの大きさを考慮し実写も検討。しかし主題が地味なためお金が集まらず、方向を変えて長編アニメ第1作の「豚の王」に取り組むと意外にうまく進み始め、その流れでこの作品も完成にこぎつけた。今後も大人を対象にしたアニメ作家を目指すようだが、観客の目を奪うような次なる実写作品も期待したい。
「息もできない」のヤン・イクチュン監督が主人公ミンチョルの声を担当しているのも話題だ。
「我は神なり」は10月21日よりユーロスペースほか全国順次公開【紀平重成】
【関連リンク】
「我は神なり」の公式ぺージ