第732回「ホームステイ ボクと僕の100日間」
いい脚本と人気俳優の二つがそろえば学園青春映画はヒットを約束されたも同然。ところが本作はホラー映画で実績のあるパークプム・ウォンプム監督がミステリーの味付けを施した作品。青春映画との取り合わせが新鮮だったのかタイの若者からは圧倒的な支持を集めた。
ミステリー仕立ての青春恋愛物語といえばジェイ・チョウとグイ・ルンメイが共演した台湾映画「言えない秘密」を思い出す。学園青春映画の王道である青春の恥じらいと切なさをしっかり描きつつ、後半のミステリアスな展開は観客に主人公へどんどん感情移入させる力を持っていた。
一方本作の強みは森絵都さんの青春小説「カラフル」を原作にしていること。濃密な親子関係や水の祭典「ロイクラトン」を上手に作品に取り込むなどタイ風にアレンジしつつ、さまよう魂が別人の体に期間限定でホームステイ(間借り)するという原作の面白さを十分に生かしている。
「当選しました」。その声で目覚めると、死んだはずの「ボク」の魂は自殺した高校生ミンの肉体にホームステイしていた。あの世への管理人から自身についての記憶を消されたまま、「ミンの自殺の原因を100日間で突き止めないと、お前の魂は永遠に消えるぞ」と半ば脅されるように言われ、手には残り時間を知らせる砂時計が。見知らぬ家族や級友らに囲まれながら「ボク」は新しい「ミン」として人生を再スタートさせる。やがて不安だらけの生活は秀才の美少女パイに図書室へ呼び出されたことでバラ色の日々に変わる。しかし……。
タイ映画はこの10年近く「愛しのゴースト」など良質のロマンティック・コメディが続々と作られ、ファンの支持層を広げてきた。そんな下地があるところへ2017年に「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」が登場し、昨年日本公開もされタイ映画としては異例の大ヒットとなった。
タイ映画が元気なのは映画の制作者たちが「ヒットする作品」を各方面にわたってよく研究し実績を積み上げてきたからである。「愛しのゴースト」はバンジョン・ピサンタナクーン監督がタイでよく知られる怪談「プラカノーンのメーナーク」をホラーだけでなくコメディとラブ・ロマンスもミックスさせた構成が成功。観客が登場人物の驚く様子を見て怖さを実感するという新しい見せ方を編み出した。
「バッド・ジーニアス 危険な天才たち」は中国で実際にあった事件をヒントにナタウット・プーンピリヤ監督らが映画化。集団カンニング事件の背景として学校側が寄付を条件に入学させる悪習があることを折り込むなど社会風刺のメッセージ性にもこだわったほか、主要メンバーの4人は主役経験のない若手を起用するなど意欲的な作り方が奏功した。
その一人、前作では大富豪の御曹司でカンニングビジネスの司令塔という悪役を演じたティーラドン・スパパンピンヨーが今作では自殺した高校生ミンとその肉体に間借りする「ボク」の一人二役を好演。「ボク」が一目ぼれする特待生パイをタイの国民的アイドルグループBNK48のキャプテン、チャープラン・アーリークンが熱演した。
相思相愛らしい二人が思いを確かめるシーンはこんな風だ。1年先輩のパイが落とした特待生のバッジを偶然拾った「ボク」が彼女の襟につけてあげようと近づいて、「僕らはただの先輩と後輩? それとも付き合ってる?」と謎かけ風に語りかける。そんな甘い空気を遮断するようにパイは立ち上がりながら「いいえ、ありえないでしょ」。一瞬沈黙の後、「だって告白されてないんだから」。その意味あり気な言葉をかみしめながら思わず笑みを浮かべる「ボク」。見る者が気恥ずかしくなるようなロマンチックな場面だ。
映画の中で「ボク」はミンが自殺したのは家族からも愛されていなかったことが一因ではないかと思い込むエピソードが紹介される。その一方で家族というのはどれだけ良い思い出を育むことができるかによるが、たとえ負のイメージが多かったとしても昔のエピソードを聞いたりして努力すればその結果も変わるかもしれないということを語っているようにも見える。
ミステリー仕立ての青春映画といっても結構深いのだ。はたして「ボク」はミンが誰かに愛されていたという確証を見つけることができるだろうか。
「ホームステイ ボクと僕の100日間」は10月5日より 新宿武蔵野館ほか全国順次公開
【紀平重成】