第754回「きっと、またあえる」

インドで過熱するお受験事情については本サイトの第727回『ヒンディー・ミディアム』で紹介したことがある。一方、本作は受験に失敗した息子が「自分は負け犬」と悲観して自殺未遂を図り、途方に暮れた両親が大学時代の友人たちを呼び集めて息子の生きる意欲を少しでも引き出してほしいと願う姿を描いたヒューマンドラマ。ともすればシリアスになりがちなテーマだが、ニテーシュ・ティワーリー監督は主人公たちが大学生活を送った1990年代と、親世代になった現代との2つのストーリーを交差させる展開の妙と、笑いと涙、友情をこってり盛り込んだ脚本の上手さが当たり、インド映画としては世界興行収入1位となる340億円を稼ぎ出している。

アニの息子のラーガヴは受験に失敗したことを苦にして飛び降り自殺を図り病院に担ぎ込まれた。医師は「本人に生きたいという気力が足りず、状況は予断を許さない」と心配する。そこでアニは、かつての悪友たちに声をかけ、息子を励まそうと学生時代の奮闘記を病室で語り始める。
時代はまだムンバイがボンベイと呼ばれていた90年代初頭にさかのぼる。超難関校で知られる工科大学に入学を果たしたものの、期待に胸を膨らませていたアニに振り分けられたのはボロボロの4号寮だった。真夜中にバケツ一杯の水を掛け合ってストレスを発散する愉快な仲間はいるものの寮対抗の競技会は万年最下位で学内では「負け犬」の汚名を着せられていた。その汚名を返上しようとアニは競技会の総合優勝を目論む。重量挙げや、サッカー、クリケットなどを持ち前のやる気とあの手この手の智恵を駆使し次々と勝利していく。残る競技はバスケット、チェス、リレーの3競技。このすべてに勝てば負け犬の汚名から逃れることができるところまで来たのだが……。

監督が「これは僕自身の大学生活の物語だ。他の誰にも作ることはできない」と豪語しているように、アニの仲間たちが考え出す作戦は切羽詰まった思いからの奇想天外なものばかり。優勝するためには気合が必要で、だったらメンバーがそれぞれ大事にしているものを断つと宣言させようと決めたのだ。「酒」「タバコ」と勢いよく決意表明する者がいて、順番が回ってきたアニは後年、息子の母親となる学内一の美女マヤの顔を見た瞬間「女」と叫んでしまうのだ。
監督はこうも言っている。「今の子供たちは受験のプレッシャーがかかりすぎ。試験がうまくいくかどうかが生死の問題になっている。これを変えたかった」と制作の動機を語っている。受験の過熱は日本もまったく同じ。人生において何が大切かをこの機会に立ち止まって考えてみてはいかがだろうか。

エンドロールで流れる曲の歌詞がいい。
「懐かしいアルバムに 閉じ込められた俺たちの日々 貯金箱に詰まった小銭みたいに 濃密だった俺たちの日々 行先なんて考えてなかった ただ目いっぱいに生きてただけ 友達を頼って借りを作る日々 かけがえのない日々 かけがえのない日々 かけがえのない日々 かけがえのない日々
俺たちは出来損ないだった 目も当てられないポンコツだった だが兄弟よ何と呼ばれようと 俺たちには友情が全てだった 大学では女子に夢中になって 勉強もしたけど初恋もした かけがえのない日々 かけがえのない日々 かけがえのない日々」。監督が作品に込めたメッセージだろう。
インド映画では「エンドロールを見逃がすな」は合言葉かもしれない。90年代と、彼らが親世代になった現代の2世代の登場人物たちが共にダンスを踊り、時には同一人物の親子世代同士が笑い合うなどその組み合わせを次々に変えていく演出がうれしい。ラストにふさわしい余韻をしみじみと噛みしめることができるだろう。

主人公のアニ役に『PK』のスシャント・シン・ラージプートが熱演している他、ヒロインとなるマヤ役には『サーホー』のシュラッダー・カプールが扮し魅力的な笑顔を見せている。
『きっと、またあえる』は 8月21日よりシネマート新宿、シネマート心斎橋ほかにて全国順次公開【紀平重成】